樋口有介『11月そして12月』Cノベルズ 1997年

 高校も大学も中退して,フリーターをしながら日々を過ごす“ぼく”の前に現れたひとりの女性・山口明夜。それ以来,彼女のことが気にかかって仕方ない。ところが“ぼく”の家には,姉の不倫と自殺未遂,父親の愛人疑惑などなど,かつてない難題が降りかかっていた・・・。

 この作家さんの名前を,ウェッブ上でよく見かけます。でも読んだことがなかったので,本屋にあった本書を読んでみることにしました。ミステリ系のページに紹介されていましたので,ミステリかなと思っていましたが,「青春小説」なのでしょうね,この作品は。ううむ,それにしても出てくる登場人物がなんとも見苦しいというか,うっとうしいというか,情けないというか,身勝手な連中ばかりですねぇ(笑)。自分のことは棚に上げて,父親の愛人にあからさまな嫌悪と敵意を燃やす姉,息子の“ぼく”に勝手な共犯意識を押しつける父親。「あなたの父親とわたしのふたりだけの問題よ」とか言いながら,“ぼく”の母親に「あの人と別れて」という手紙を書いたり,電話をかけたりする父親の愛人。姉の自殺未遂を伝えに来た“ぼく”に対して,妻が生んだ双子の名前についてギャグを言う姉の愛人。もう,はっきりいって,どいつもこいつも心底うんざりするような連中ばかりです。おまけに,彼らは二言目には「大人,大人」を口にします。どう見ても「大人」には見えませんがねぇ。要するに依存体質で,中途半端,自分で自分の尻も拭けない(拭きたくない?)な甘ちゃんのように思えてなりません。

 そんな身勝手な“大人”のなかで,主人公は徹底して“子ども”扱いされます。この作品で起こるトラブルの当事者でありながら,周囲からは当事者扱いされません。だから主人公は,トラブルの「当事者」たちに会ったりして奔走しますが,彼の行動は,結果的にはなんの救いももたらしませんし,解決にもいたりません。「大人」同士のやりとりで,ふたたび(偽善的であっても)平穏な「日常」が取り戻されます。しかし彼にとって,この騒動は,ひとつの転機になったのかもしれません。それは山口明夜との出会いも大きく作用していたのでしょう。はっきりとは描かれていませんが,明夜もまた,天才的ランナーといわれながら,金銭トラブルを含む騒動で,2年間,陸上界から離れ,アルバイト生活を送っています。事情を知った“ぼく”は,彼女に対して「陸上に戻るべきだ」と言います。その言葉に,いったんは彼女は怒りますが,最終的には自分自身の意志で陸上界に戻ることを決心します。一方“ぼく”もまた,「自分が違和感を感じない世界」を探しにいくことを,単なる“夢”としてではなく,具体的な“希望”あるいは“計画”として動き始めるところで物語は終わります。その直前,母親のもとに父親の愛人が訪れ,母親が静岡の実家に帰ってしまい,それを止めることのできなかった“ぼく”が嘔吐するシーンがあります。それは,彼の行動が,結局なんの解決にならなかったことの無力感であるとともに,呪縛からの解放だったのかもしれません。なにものにも「熱中」することなく,ただ「違和感」のみを抱えながら,それでいてフリーターとして,両親の庇護のもとにあり,金を借りているので姉にも反発できず,そんな「安楽さ」「暇」「子ども扱い」という呪縛からの解放だったのかもしれません。うがった見方をするならば,彼の奔走はじつは,そういった「無力さ」「呪縛」と対面することからの逃避だったのかもしれません。それらを失うことへの恐怖ゆえだったのかもしれません。だから明夜に向けた「陸上界に戻るべきだ」という言葉は,彼自身にも向けた言葉だったのでしょう。「自分が違和感を感じない世界を探すべきだ」という・・・。

 第三者的な視点を持った主人公,淡々としたリズムの文体,世界との違和感・・・,どこか村上春樹の作品を連想させました。

97/11/02読了

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