常盤朱美ほか『十の恐怖』角川ホラー文庫 2002年

 「この世はね,十でおしまいなんだよ」(本書 森真沙子「あと十分」より)

 数字の「十」をモチーフにしたホラー・アンソロジィです。各編のタイトルにはいずれも「十」の字が含まれています。でもなぜか収録されている作品は11編。なにか意味があるのかな?

常盤朱美「十回目には」
 “私”の前に現れた少女は言った。「九回までは待ってあげる。でも十回目には…」…
 「なぜ10回なのか?」とか「クライマクスで主人公が耳にした“声”の正体は?」とか,いろいろと疑問と不満が残るのですが,「10回」という,いわば「タイム・リミット」を逆手に取ったラストのツイストはおもしろいですね。
森真沙子「あと十分」
 高校生活最後の舞台。“わたし”は背後から声を聞いた。「あと十分…」と…
 たしかに「10」というのはひとつの「まとまり」ですから,そこから「1」加わることで,「異界」の扉が開く,という着想は,ユニークであるとともに納得できるところがありますね。少女の心の揺れ動きを巧みに描いた青春ホラーになっています。
井上雅彦「十針の赤い糸」
 先輩が運転する自動車の前に現れたモノ。それは…
 モンスタと魔術師との対決,という,わりとありがちなストーリィなのですが,とにかくラスト! アイロニカルでいて,極めつけのグロテスクさが,じつにインパクトがあります。伊藤潤二あたりがマンガ化してみるとおもしろかもしれません。
五代ゆう「十環子姫の首」
 美女の誉れの高い十環子姫の首が,ある日,消え失せた…
 美しい首を愛する男…それだけだったら,逆ヴァージョンの『サロメ』と言った感じの,淫靡で妖艶な雰囲気を持つ平安綺譚なのですが,その美女の首が虫を食べて「生きる」というところが,グロいですねぇ。ちなみに『サロメ』と同じところは,ここでも支配するのは「女」です。
篠田真由美「十人目の切り裂きジャック」
 ロンドンの切り裂きジャックから100年目,東京に酷似した事件が発生し…
 「切り裂きジャック事件」というのは,たとえ100年経っても,作家の想像力を刺激する素材なのでしょうね。本編中で示された「仮説」が,作者のオリジナルなのかどうかは判断する材料を持っていませんが,「現在」の事件と重ね合わせることで,サスペンスを上手に盛り上げています。主人公の想像が怖い。
飯野文彦「十年目のウェディングドレス」
 地獄からの餓鬼によって荒廃した世界。マリコは,恋人の帰還を待っていた…
 ふたつの古典的なモチーフの「異形ヴァージョン」とでも言いましょうか(モチーフの内容はネタばれなので反転させます>「純愛と裏切り」「女と母」)。ラストのツイストのための伏線がなかなか巧いです。
斎藤肇「十年目の決断」
 飲み屋で知り合った男は言った「10年前のある日,娘はふたりになった」と…
 突然瓜二つの娘が出現するという奇想,「托卵」という言葉に仮託された不気味さ,恐ろしくも哀しいエンディング,と,楽しめた作品だけにディテールの詰めの甘さが気になっちゃいました。だって「娘たち」は14歳ですから,当然学校にも通っていたわけで,そこらへんの「現実的な問題」をクリアしてほしかったです。
小林泰三「十番星」
 友人は,太陽系10番目の惑星を発見したと言うが…
 発想は,どこか大昔の「空想科学小説」を思わせるものがありますね。まあ,たしかに現在の自然環境は,過去のそれを「破壊」してできあがったとは聞きますが。お話としては,やや中途半端な感があります。
朝松健「十死街(サッセイガイ)」
 返還を目前に控えた香港を訪れた“ぼく”は,この世ならぬ闘いに巻き込まれ…
 この作者の十八番のひとつ「アジアン・クトゥルフ」です(といっても,これ,わたしの造語ですが^^;;)。出てくるモンスタが『山海経』ネタというのがユニークですね。短編にも関わらず,細かく章分けされ,各章のタイトルが大仰なところは,なんだかレトロな手触りがあります。
竹河聖「十歩……二十歩……」
 友人たちと露天風呂から旅館に戻る途中で…
 う〜む,正調怪談ならもう少し不気味さがほしいですし,インパクトを持たせるなら「ひねり」のひとつもほしいところ。正直,ありがちな実話怪談といった印象が拭えません。
赤川次郎「十代最後の日」
 10代最後の日,彼の前に死神が現れた理由は…
 ミステリアスなイントロ,主人公が死ぬ理由の提示,死を避けられるかもしれない可能性の暗示,ビターで意外な結末などなど,やはりこの作者,長いキャリアと多作はけっして伊達ではありません。「お話づくり」の「ツボ」を心得ています。

02/02/28読了

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