道原かつみ(原案・麻城ゆう)『ノリ・メ・タンゲレ 私にふれるな』徳間書店
 第三次世界大戦後,人類は大脳工学の発達により新たな文明を築く。西暦を改め銀河暦へ。そして時空工学博士・サンジェルによって開発された航時機によって,分離した意識を過去の人物へと飛ばし,過去を見ることが可能になった。乗り移る人物と遺伝子的に近ければ,その人物を自らの意志で動かすことも可能である。銀河暦497年,航時機を用いた歴史調査局が発足。しかし銀河暦と西暦との間には「壁」があり,航時条件は危険をきわめている。

 ある航時学者が「壁」を越え,ひとりの男に乗り移り,歴史に介入し,歴史をぬり変えようとする。歴史調査官・ヴェアダルは,「壁」を越え,5000年前の男を追う。ヴェアダルが乗り移る人物はシモン・ペテロ。そして,追う相手は,「イエス・キリスト 阻止し,なおかつ守らねばならない―――神」

 いったいどこまでが正史で,どこまでが未来人の介入なのか。ヴェアダルは迷いつつ,イエスにつきしたがう。そんななか,十三番目の使徒・ユダは,その純真な心ゆえにイエスの中に異質なものの存在を感じ取る。そして歴史通り,ユダは密告し,イエスは磔刑にかけられる。そのとき,ヴェアダルに帰還シグナルが・・・・。5000年の時間を経て,イエスとペテロが再会する。

 逮捕された航時学者・シグマ・サイ=イエスは言う。

「私の意志は彼の意志だ。歴史は変わったのだ。」

 ヴェアダルは言う。

「変えさせはしない。それでは人はなんのために生きる? なんのために死ぬ? なんのために逝く人を見送らなければならないんだ? どうとでも変わるものに縛られて踊らされているいるだけだとでもいうのか!!
 過ぎ去ったときの中に不動のものがあればこそ,明日へ望みを託す。生きられる。過去が自由に変えられるものならば,誰もいまさえも生きようとはしない!!」

 ふたたびヴェアダルは過去に飛ぶ。「歴史という大いなる神を守るために」

 『聖書』に記されている,復活したイエスが語ったとされる言葉「私にふれてはいけない(ノリ・メ・タンゲレ)。私はまだ父のみもとにのぼっていないのだから」を手がかりとしながら,奥行きの深いSFに仕上げています。とくに上に引用したヴェアダルのセリフは感涙ものです。また純真に「キリスト(救世主)」を求めるがゆえに,「イエス」のなかにキリストならざる偽りを見いだすというユダの設定も心憎いです。

 道原かつみの絵は,女性作家らしからぬシャープで力強いものです。男性の肉体がじつに肉体らしく描かれています。それから「中年」のおっさんがきちんと描ける女性作家ってすごいと思います。とくに時空調整医ドク・ムーランというスキンヘッドのおじさんが,なかなか渋い脇役を演じています。

 この作品,いまではちょっと手に入りにくいかもしれません。関心のある方は古本屋で探してみてください。ただ道原かつみと麻城ゆうのコンビでは,このほかに『ジョーカー・シリーズ』というのがあり,いまのところ,新書館から『帝王の庭』『ムーンファンタジー1・2』『ドリーム・プレイング・ゲーム』『グリーン・パラダイス』『シャーロキアン・コンピュータ』『χ(カイ)の歌声』の7冊が出ています。こちらも渋いSFで,おすすめです。


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