森岡浩之『夢の樹が接げたなら』ハヤカワ文庫 2002年

 『星界の紋章』『星界の戦旗』で有名な(といっても,わたしは未読なんですが(^^ゞ)この作者の,デビュウ作(表題作)をはじめ,8編を収録した短編集です。

「夢の樹が接げたなら」
 “言語デザイナー”の“ぼく”が出会ったのは,まったく異なるタイプの言語だった…
 言語(テクスト)は世界(コンテクスト)をすべては表現できない,そしてテクストはコンテクストによって意味が変容する,それゆえ言語的コミュニケーションは,宿命的に不完全にならざるを得ない…そんな不完全さを超克する手段として,テレパシーが持ち出されるのがSFの「定番」ですが,本編では、その手段として「コンテクストを内包したテクスト」という,非常に新鮮なアプローチをしている点が,楽しめましたね。発想の逆転と言いましょうか。ストーリィ展開としては,もっとサスペンス色がほしいところですが,その着想のユニークさに二重丸。
「普通の子ども」
 今日の“シイちゃん”は,“新しいお友達”だった…
 けっしてすべては描かれていない,けれども,物語られる「世界」の有り様が,うっすらと透かし見える,そんな作品です。読み手としてSFにある程度慣れた人を想定しているようなところがありますね。ですから「もっと,ちゃんと説明してくれ!」と不満を表明する方もおられるかもしれません。しかし不鮮明な設定ながら,そこからもたらされる「哀しみ」は,しっかりと伝わってくるところが,この作品の魅力なのでしょう。
「スパイス」
 大富豪がついに実現した,おぞましい計画とは…
 グロテスクな描写のないグロテスクな物語です。そのグロテスクさは,大富豪の歪んだ欲望が,SF的なシチュエーションで現実化したそれだけではなく,そんなグロテスクさも,一時的な「スパイス」にしてしまう社会的状況をも指しているのではないでしょうか。タイトルはダブル・ミーニングなのだと思います。ネタを小出しにしながらのサスペンスフルな展開,ラストでの苦いツイストなど,ストーリィ・テリングも洗練されています。本集中,一番楽しめました。
「無限のコイン」
 ある日,すべての人々の所得残高が「無限」になった…
 財産というのは,単純にその「多さ」ではなく,「偏り=貧富の差」があって,はじめて意味を持つのだな,と改めて思った作品。着地点は,一瞬「え?」と思いましたが,迂回しながらのアイロニカルな結末に納得。支配はつねに強圧的なものとは限らないというお話でもあります。
「個人的な理想郷」
 テレビは“番組”を放送しつづける。“視聴者”に向けて…
 「これからは自分で情報を選択する時代です」みたいな惹句があちこちに見かけられます。一見,耳あたりの良いこれらの言葉は,しかし,その一方で,この作品が描き出すような閉塞的な「世界」の出現を導き出す可能性も内包しています。インターネットもまた,たしかに「大海原」かもしれませんが, 泳ぐ(泳げる)範囲というのは意外と狭いのでしょうね。
「代官」
 橿野庄にやってきた新しい“預所”は,“天狗衆”から派遣された女だった…
 奇妙な手触りの作品ですが,その奇妙さは二重になっています。ひとつは日本の“過去”に舞台を設定しているようでいながら,その日本が宇宙人に支配されるという奇妙さ。そしてもうひとつは,人類が“支配される”側でありながら,むしろ人類の方が偏狭で,征服者である“天狗衆”の方に「理」があるように感じられる奇妙さ。「無限のコイン」と同様,「支配=被支配」という関係が,一筋縄ではいかないことを感じさせます。
「ズーク」
 タケルとカクルの“せかい”に,ふたりの“ズーク”が侵入してきた…
 表題作と同じように,「言語」をめぐる思考実験的なテイストを持った作品です。それとともに,タイトルである“ズーク”と言う言葉を用いて,ラストの少年の孤独と哀しみを浮き彫りにしているところは巧いですね。ところでこの作者,冒頭において,ある情景を描き出して,そこに少しずつ「異物」を挿入させながら,メインとなる舞台設定へと導いていくというお話作りが上手ですね。本編しかり,「代官」しかり,「普通の子ども」しかり。
「夜明けのテロリスト」
 生活の隅々まで浸透したロボット“メディット”をめぐる闘争に巻き込まれた男は…
 “メディット”を憎むテロリスト集団,“メディット”を開発した巨大企業…両方からアプローチされる主人公。なぜ彼らは主人公にこだわるのか? という謎が,ストーリィの牽引力となっています。そして,R・J・ソウヤー『ターミナル・エクスペリメント』を彷彿とさせる,コンピュータの発達から「人間の魂」の謎へと繋がっていく展開。本集中,一番エンタテインメント性の高い作品となっています。また,意外な,そして壮大なラストは,SFならではの醍醐味を感じさせてくれます。

02/04/11読了

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