森博嗣『有限と微小のパン』講談社ノベルズ 1998年

 長崎に作られた巨大テーマ・パーク“ユーロパーク”。友人たちとそこを訪れた西之園萌絵は,不可思議な死体消失事件に遭遇する。そして起こる密室殺人事件。事件の背後には天才プログラマ・真賀田四季博士の影が見え隠れする。いったい彼女の意図は奈辺にあるのか? 犀川と萌絵は彼女の仕組んだ“ゲーム”に否応なく巻き込まれていく・・・。

 「犀川&萌絵」の師弟コンビのシリーズも10作目,いよいよ最終作です(ホントか?)。そして,(作者にとっても犀川&萌絵にとっても)デビュウ作である『すべてがFになる』に登場した天才・真賀田四季博士の復活です。とういわけで,作中,ところどころ「天才」についての言及があります。たとえば(カヴァにも挙げられている),
「人は普通,これらの両極の概念の狭間にあって,自分の位置を探そうとします。自分の居場所を一つだと信じて,中庸を求め,妥協する。だけど彼ら天才はそれをしない。両極に同時に存在することが可能だからです」
とか,
「天才は計算しても答を出さない。彼らは,計算式そのものを常に持っている。我々は答しか持たない。これが,凡人と天才の差です。だからコンピュータにも真似ができない。」
などなどです。
 なかなか巧い比喩を使っていて,「なるほどな」と納得できる部分もあり,楽しめました。ただ天才としての「真賀田四季」の実像がいまひとつ見えないところも残ってしまったのが残念です。たとえば犀川の博士に対する評言,
「完璧だ。完璧なのだ。地球上のすべての人間の生命が,彼女一人と釣り合う」
などは,表現が上滑りしている感じで,少々白けてしまいました^^;;。

 さて本作品で用いられているトリックは,けっして「前例がない」というようなもの ではありません。しかし,そのトリックを「テーマ・パーク」という舞台で使ったところが,なんとも巧みですね(「ユーロパーク」のモデルは,いうまでもなく「ハウステンボス」でしょう)。
 おそらくテーマ・パークを舞台にしたミステリはほかにも多々あるでしょうが(とくに「トラヴェル・ミステリ」あたりで),テーマ・パークの「本質」を,トリックに融合させ,見事に描いている作品は少ないのではないでしょうか? この作者の着眼点の良さが現れているように思います。
 また英文タイトル「THE PERFECT OUTSIDER」も,『F』―「THE PERFECT INSIDER」―との対句程度に思っていたのですが,最後の最後になって真相が明かされると,思わず「やられた」とのけぞってしまいました(う〜む,ネタばれギリギリかなぁ?^^;;)。

 ところでこの英文タイトル「まったくの外道」という風にも訳せますね(笑)。で,気づいたのですが,カヴァ裏の既刊一覧と予告タイトル,前者はすべて大文字の英語で書かれているのに対して,後者は小文字混じりなんですね。

98/10/29読了

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