皆川博子『妖櫻記』上・下 文春文庫 1997年

 時は室町時代末期,幕府の権威,権力は日々に衰え,世に下克上の気風ただよい,戦乱の世の予兆が人々をおののかせる。六代将軍足利義教を暗殺した赤松満祐のふたりの愛妾がそれぞれ男児と女児を生む。生まれながらにして暗い宿命を負った子らの歩む道の行方にはなにが待ち受けるのか? 一方,南北合一の名の下に「三種の神器」を北朝方に奪われた南朝遺臣らは,政権奪取を目論む。南帝の血をひく阿麻丸は,周囲の野心,野望に翻弄されながら,おのれの生きがいを求め,さまよう。歴史上の人物と架空の人物が入り乱れ,この世とあの世,生者と死者とが混じり合い,物語は吉野の森の神器争奪へと流れ込んでいく。

 真言立川流の呪法で甦る乳児,活傀儡(反魂の術でしょうか),惨殺された満祐の愛妾・玉琴の祟り,南朝の血をひく阿麻丸の一種の貴種流離譚,権力をめぐる大名たちの野心と野望,闇の中に跋扈する異形のものたち,巡り会いすれ違う男女の愛憎・・・,と,おもしろいネタは満載です。が,どうも盛り上がりに欠けます。なんというか物語を押し進めていくような求心力がないのです。登場人物の行動に必然性が感じられないし,複数の糸の絡み合いが,ご都合主義的です。入り組んだ物語を束ねる強力な中心(「謎」とか)がないと,冗漫な感じがしてしまいます。そしてやたらと大時代がかったセリフや文章にはさまって,「ファッション」やら「エディプス・コンプレックス」などといった言葉が出てきたり,「作者」自身がちょいちょい顔を出し,登場人物の血液型を推定するなど,「遊び」「ユーモア」といってしまえばそれまでですが,物語全体に色濃く漂う伝奇性とミスマッチで,白けてしまいます。また第2章と第3章との間に10年間の時間的隔たりがあるのですが,そのつなぎ方があんまりといえばあんまりのような気がします。なにしろ重要な登場人物のひとりが,眠ったままなのですから(笑)。

 作者自身の解説によれば,江戸時代の戯作者・山東京伝の『桜姫全伝曙草紙』の登場人物を借りてきているそうで,おそらく江戸の読み本の体裁を意識して書かれているのでしょう。江戸時代の戯作と近代以降の小説とでは,物語の作法が違うのは仕方ないとしても,「近代以降の読者」のために,もう少し工夫があっても良かったのではないかと思います。もちろん「作者の意図」と「読者の期待」がすれ違っただけだ,といえばそれまでですが,やはり個人的には,どうもなじめない作品でした。

97/03/21読了

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