宮部みゆき『地下街の雨』集英社文庫 1998年

 各編各様のテイストを持つ7編を持つ短編集です。

「地下街の雨」
 失意の底に沈む麻子が,アルバイト先の喫茶店で知り合った女性。彼女の言動にはおかしなところがあり…
 この作者の作品の魅力は,その秀でたストーリィ・テリングとともに,比喩の巧みさにあるのではないでしょうか。たとえば本編タイトルは,結婚直前に婚約者に逃げられた女性の気持ちを「地下街の雨」というミステリアスな言葉で表しているように思います。「いったいどうなるんだ」という不安な展開の果てに,上手に着地しています。
「決して見えない」
 深夜のタクシィ乗り場で,悦郎は妙に懐かしい感じのする老人と出会い…
 よくあるパターンか,と思いきや,奇想なラスト。ただちょっとエンディングがばたばたした感じなのが残念です。
「不文律」
 平凡で幸せそうに見えた四人家族が無理心中をした。その原因はいったい…
 死んだ四人家族をめぐる人々の証言で構成された作品です。しだいに“真相”が明らかにされていくプロセスはサスペンスフルです。「言ってはいけないその一言」,とくに追いつめられた人間にとっては,それは大きなキャスティング・ボード―向こう側への―になってしまうことはありそうな話です。
「混線」
 しつこくかかってくるイタズラ電話の相手に,兄はある話をしはじめ…
 ホラータッチのスプラッタ・シーンが描かれているのは,この作者の作品としては異色なのではないでしょうか? ネタそのもののはオーソドックスな怪談という感じで,楽しめるのですが,ちょっと長すぎませんかねぇ? もっとコンパクトにしたら,もっと怖かったかもしれないです。
「勝ち逃げ」
 死んだ勝子伯母のマンションに届けられた一通の手紙。そこには彼女の過去が書かれ…
 ラストに明かされる真相が,ちょっと作為的な感が否めませんが,最後の最後でタイトルが生きてくるところはおもしろいですね。
「ムクロバラ」
 正当防衛で人を殺してしまった男は,奇妙な妄想にとりつかれ…
 男の奇妙な妄想に巻き込まれながら,じわじわと追いつめられていく主人公の刑事の姿が,なんとも緊迫感があります。そしてラスト,前半の伏線が巧く効いており,また一方でホッとさせておきながら,その一方で恐怖の余韻を残すところは巧いですね。本作品集で一番楽しめました。
「さよなら,キリハラさん」
 ある日,家族みんなの耳がおかしくなってしまった。それはキリハラさんのせい?
 「見なければ不快なのものはなくなる」というわけではない,というお話の聴覚ヴァージョン。ストーリィの展開は,スラプスティックSFコメディといった趣があって,へぇ,めずらしいな,と思っていたのですが,ラストのオチはこの作者らしいですね。「らしすぎる」ところがもの足りないと思ってしまうのは,ちょっと贅沢(貪欲?)でしょうか?

98/11/21読了

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