井上雅彦他『さむけ』ノン・ポシェット 1999年

 ここのところ祥伝社は,『小説non』に掲載された短編をアンソロジィとして出版するパターン―『不条理な殺人』『不透明な殺人』『舌づけ』などなど―が多いようです。ひとりの作家さんが,いろいろな出版社の雑誌に発表した短編を短編集としてまとめるには,どうしても時間がかかりますし,なかには長編主体のため,短編集が出ない,という作家さんもおられますので,こういった短編集は,それなりにうれしいものです。ただどうしても「ごった煮」的な印象を持ってしまうのは,仕方のないことなのでしょうかね?

高橋克彦「さむけ」
 知り合いからマンションの部屋の留守番を頼まれた“俺”は,奇妙なことに気がつく…
 設定はミステリアスですし,展開も緊迫感があります。しかし,ラストが驚きはあるとはいえ,唐突な感じが拭えません。伏線がほしいところですね。
京極夏彦「厭な子供」
 ストレスで押し潰されそうな“私”の家に,「厭」な感じのする子供が現れ…
 「異形コレクション」『チャイルド』に収録されるはずだった作品だそうです(間に合わなかったのかな?)。人が生きるために必要な「物語」を破壊するかのごとき,暴力的なまでに不条理なエンディングがなんともやりきれません。
倉阪鬼一郎「天使の指」
 秘かに出回る環境音楽「天使の指」には,おぞましい秘密が隠されていた…
 これは「怖い」というより「痛い」作品ですね。どうもこういった肉体的な痛みの描写に対しては,生理的に拒否反応が出てしまうので,読み通すのがしんどかったです。
多島斗志之「犬の糞」
 毎朝,玄関前で飼い犬に糞をさせる男に業を煮やした三上は…
 近所つきあいでの小さな齟齬が次第にエスカレートするパターンは,よく見かけるもので,新鮮味がありません。またラストも,無理矢理オチを,それも陳腐なオチをつけた感じでいただけません。
井上雅彦「火蜥蜴(さらまんどら)」
 深夜,博物館で目覚めた少女は,どうにかして脱出しようとし…
 サイコと幻想とが適度にブレンドされていて,読んでいて,一種独特の眩惑を味わえます。「夜の博物館」って,やっぱり何モノかが潜んでいるのかもしれません。
新津きよみ「頼まれた男」
 妻を殺し,バラバラにして山中に埋めた男が自首してきた。しかし,彼はその動機を自白しようとせず…
 誤解を招く言い方かもしれませんが,戦前の「変態心理小説」のような手触りの作品です。夫の気持ちより,びくびくして毎日を送った奥さんの気持ちの方が理解できますね^^;;
山田宗樹「蟷螂の気持ち」
 銀座のクラブで知り合った女から,「あなたの子どもがほしい」と言われた“俺”は…
 作中にも出てくるドーキンス「利己的遺伝子論」をグロテスクに増幅させた作品です。なるほど,雌カマキリが,交尾後に雄を食べてしまうのには,そういった理由もあったのか,と感心しました。
釣巻礼公「井戸の中」
 旧家に嫁いだ雛子は,姑の言葉に反して,古井戸を潰そうとするが…
 ホラーに着地するのか,心理サスペンスとして収束するのか,どちらとも予想しかねる展開は緊張感があります。本当に怖いのは「イドガミ様」の祟りではなく,それを信じる人の心にあるのかもしれません。
夢枕獏「もののけ街」
 “親父狩り”にあった男は,帰途,奇妙な骨董屋に入った…
 『悪夢喰らい』所収の「骨董屋」に出てきた「縁奇堂」が再登場します。シチュエーションは前作と同じですが,結末の味付けが違います。ヴァリエーションのひとつなのか? それとも作者の指向性に変化があったのか?

98/05/07読了

go back to "Novel's Room"