牧野修『リアルヘヴンへようこそ』廣済堂文庫 1999年

 恵比須台ニュータウンに佇立する「E―ヴィラ恵比須台D棟」。全室にインターネットを完備したマンションに,「リアルヘヴン」と名づけられたメールが届けられたときから,徐々に奇怪な事件が起こりはじめる。住人たちの欲望と苛立ち,そして狂気に火がつくとき,ニュータウンは魔界へと飲み込まれる・・・

 『死の影』に続く「異形招待席」の第2弾です。閉ざされた環境に住む人々に超自然的な災厄が襲いかかる,というパターンのホラー作品は,スティーヴン・キングのアメリカの田舎町を舞台にした一連の作品や,日本では小野不由美『屍鬼』などがあります。また設定だけでなく,住人たちの日常感じている不安感や焦慮を綿密に描写していき,襲いかかる怪異と共鳴共振させながらカタストロフへと物語を導いていくという点でも共通し,いわば牧野版『呪われた町』あるいは『屍鬼』と言えるかもしれません。ただ本書の商売戦略にともなうページ数―あまり厚いと売れにくい―のせいでしょうか,そのヴォリュームに見合ったスピード感を獲得するのに成功する一方で,登場人物のキャラクタ描写にやや物足りないところがあるように感じました(とくに佐久間刑事の行動原理や,「環境を守る会」の描写など)。

 ところでタイトルは失念してしまいましたが,アメリカ先住民の墓地の上に建てられた家に引っ越してきた家族が,怪異な霊現象に巻き込まれる,というホラー洋画を見たことがあります。「土地の記憶」と,そこに住む人々との乖離―アメリカという「移住民社会」ではしばしば見られる現象なのでしょうが,日本においても,近代以降,同じような現象が進行しているのではないかと思います。とくに「ニュータウン」と呼ばれる,徹底的なまでに人工的な「街」の住人たちは,その大半が「よそもの」であり,「土地の記憶」とは完全に切り離されています。長いことその土地に住んでいれば,回避されるはずの「忌まわしい土地」の上に,均質な「同じ鋳型からとったような家」が立ち並びます。「過去の忌まわしい出来事が災厄をもたらす」という,いわば「因果話」的なフォーマットを踏襲しながらも,ニュータウンという「土地の記憶から乖離した場」を設定することで,本作品はすぐれて「現代的」と言えるのかもしれません。

(以下,ちょっとネタばれ気味なので,ご注意ください。行あけします。)
 

 

 

 

 

 

 本書のメイン・モチーフである「呪い」を,ひとつのコミュニケーションととらえることも不可能ではないと思います。たしかに一方的で,たとえそれが相手の不幸や死を願う「負」の性格ものであれ,「自分」が「他者」になんらかの働きかけをする,という点で,やはりコミュニケーションの一形態といえるのではないでしょうか? そう考えると,電話やインターネットなどの「コミュニケーション手段の発達」は,コミュニケーションとしての「呪い」に当然影響を与えることになるでしょう。本作品の「電話による呪いの拡散」,「コンピュータに取り込まれた呪いのデジタル化」などは,まさに「現代的な呪いの新しい在り方」と言えるかもしれません(『リング』における「ヴィデオのダビング」による「呪いの拡散」も,それに通じるものがあるでしょう)。

 物語そのもののフォーマットは比較的オーソドックスなものながら,上に書いたような,ニュータウンという「土地の記憶との乖離」,新しいコミュニケーションにおける「呪いの在り方」など,現代的な要素を巧みに絡み合わせることで,独特の世界を作り上げている作品ではないでしょうか?

99/11/10読了

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