ロバート・シェクリイ『人間の手がまだ触れない』ハヤカワ文庫 1985年

 本書の魅力的なタイトルは,とり・みきのマンガなどで使われているのを見て知っていましたが,「実物」を読むのははじめてです。13編を収録した短編集です。
 ジャンルで言えば,もちろん「SF」です。異星人も出てきますし,宇宙旅行,未来社会も出てきます。また各編に込められた風刺精神,文明批評的側面も,すぐれてSF的であるといえましょう。しかし,わたしとしては,各編が,素材やテーマをコンパクトにまとめ,「お話」としての読みやすさ・読み応えを十二分に備えた良質の「短編小説」であることを強調したいです。

「怪物」
 山中に降りた奇妙な物体から出てきたものは…
 わたしたちが日常の中で抜けきることのできない「自分の視点」を,想像力でもって「ずらし」「反転」させるのがSFの特色のひとつでしょう。本編で描かれる「価値観の違い」は,現在の世界情勢を想起するとき,単なる皮肉で済まされないものがあるように思います。
「幸福の代償」
 生活全般がオートマティック化した社会で,支払うべき代償とは…
 オートメーションの発達した未来社会は,SFの定番のひとつですが,それを,ちょっと別の視覚から切り取ってみせています。日本でも,子どもの代まで組まれた家のローンがあったことを思い出しました。今でもあるんだろうか?
「祭壇」
 ある朝,スレーター氏は,聞き覚えのない「祭壇」の所在を尋ねられ…
 SFというよりホラーといった方が適切でしょうね。20年近く住んでいる小さな街が,「見知らぬもの」へと変貌していくところの描写は,ふだんの生活でもある「今まで歩いたことのない小路」に出くわしたときの戸惑いと通じるものがありますね。
「体形」
 20回に及ぶ「地球侵略計画」が失敗した理由は…
 異星人を登場させているとはいえ,どこか人類の歴史を寓話化した作品とも思わせます。作品のモチーフを巧みに象徴させたラスト・シーンが美しいですね。
「時間に挟まれた男」
 大宇宙の「どこか」で交わされる文書…それはひとりの男を奇妙な事態に巻き込み…
 「タイム・スリップもの」の一ヴァージョンではあるのですが,その「原因」を示す「文書のやり取り」が,欠陥商品をめぐる商用文書みたいで,アイロニカルですね。結末もややブラックです。
「人間の手がまだ触れない」
 餓死寸前の宇宙飛行士ふたりがたどり着いた星には…
 食べなければ死ぬ,しかしどれが食べ物なのかわからない,というサスペンス小説的な設定に,対照的なキャラクタを配置することで,スラプスティク・コメディ風の作品に仕上げています。「見る前に飛べ」というタイプと「石橋を叩いて渡る」タイプとのやり取りが絶妙です。
「王様のご用命」
 せっかく開いた店に,夜な夜な忍び込むこそ泥の正体は…
 小心者の魔物らしくない魔物が可笑しいですね。女性キャラの「現実的対処法」が功を奏すところも笑えます。キャラ設定が上手いです。で,ラストのオチは「なるほど」と思わせます。
「あたたかい」
 デート直前,男は「助けてくれ」という声を聞き…
 「太陽と真実は直視できない」という言葉があります。主人公が「見て」しまったもの点それはたしかに「真実」なのかもしれませんが,その結末を思うと,果たしてそれが「幸福」なのかどうかはわかりません。
「悪魔たち」
 一介のセールスマンを呼びだしたものは…
 人間が悪魔を呼び出すという常套的なパターンを反転させた作品です。呼び出された男が,魔術師相手に四苦八苦するところも「悪魔を出し抜く」という説話の逆ヴァージョンと言えましょう。オチは想像するところはあるとはいえ,人間と悪魔が愚痴をこぼし合うラストは苦笑させられます。
「専門家」
 “プッシャー”を失った宇宙船は,新たな“プッシャー”を手にいれるが…
 「体形」と好対照をなす,ちょうど逆の「視点」から描いた作品です。人類の進化は,身体を「特殊化させなかった」結果とされていますが,そこに人類の悲惨な「戦いの歴史」の原因を見る視点がユニークですね。「恐怖」に費やされる心的エネルギィを別に振り向けることができれば・・・
「七番目の犠牲」
 殺人が合法化された社会。彼のつぎの「獲物」は女だった…
 これもSFでは常套的な設定ですね。ですが,そこから生み出される登場人物同士の駆け引きや心の揺れ動き,そして思わぬツイスト,とサスペンス小説としても楽しめます。
「儀式」
 数千年ぶりに地上に降りてきた「神々」。彼らを迎えるためにさまざまな儀式が執り行われ…
 死に瀕した宇宙飛行士,その姿を「勘違い」して儀式を続ける人々。そのギャップをブラック・コメディとして笑ってしまうことは簡単ですが,わたしたちの行動の中にも「失われた理由」に基づいた儀式的なものが多分にあることを考えるとき,本作品は秀逸な寓話となります。本集中で一番楽しめました。
「静かなる水のほとり」
 訪れる者がひとりとしてない星で,マークは一台のロボットと暮らし…
 もしかすると主人公が見上げる地球では,人類はすでに滅亡してしまっているのではないか,そんな風にも思わせる,孤独で「シン」とした静謐さに満ちた作品です。

01/10/26読了

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