村田基『夢魔の通り道』角川ホラー文庫 1997年

 13編よりなるホラー短編集です。

 この作者のホラー作品は,日常光景であろうと,異常心理であろうと,パニックであろうと,いずれも抑制のきいた,淡々とした文章で描かれており,淡々としているがゆえに,よりいっそう,恐怖感,不気味な感じを醸し出しています。例えば冒頭の「裂け目」は,“夢”と“現実”の裂け目から,モンスタたちがあふれ出てくるというお話ですが,ことさらに大げさな文章を使うことなく,人が襲われたり,パニックに陥った状況を描いていきます。また「腐敗都市」では,生きたまま人体が腐敗していくという病原菌に対抗しようとする男の姿を描きながら,病気そのものよりも,男の狂気を不気味に浮かび上がらせています。オチがちょっとありきたりなのが残念ですが・・・。また,その淡々とした文章で描かれる世界は,どこかシンとした静謐感さえ感じさせます。「生と死の間で」では,「自分が死ぬ時期を知ってしまう病気(?)」が蔓延した世界が設定されています。不気味な世界ではあるにもかかわらず,不思議に落ち着いた雰囲気のある作品です。同様に「忘れ物」もラストが奇妙な静けさをたたえていて,好きです。

 一方,この作者は“反転した世界”“エスカレートした世界”も好きなようです。「すばらしき正義の国」では警察のなくなった世界を,「最後の教育者」では義務教育制度が崩壊した世界を,「個性化教育モデル校」では“個性を育てる教育”を極端化させた世界を描いています。「最後の・・・」と「個性化・・・」は,ともに“教育ネタ”をあつかっており,そこに描かれる世界は,現実世界の裏返しとはいえ,むしろ現実世界(教育)のグロテスクさを逆に照射しているように思えます。とくに「個性化・・・」では,画一的な学校教育の中で,個性的な人間が,いじめられ,差別されてしまうという現実のちょうど正反対で,主人公は,個性的でないがゆえに排除されてしまいます。いわば現実とは異なる目的が,現実と同じ方法論で行われる,ということが,底知れぬ不気味さを表しています(それは「世界平和のために最終戦争を起こす」という,某宗教団体のねじれた論理をどこか連想させます)。最後の校長のセリフも,この作品での“個性化”のもつおぞましさがにじみ出ているように思え,怖いです。あるいは,マスコミなどで喧伝されている“オリジナル(という名のコピー)”なるものの正体なのかもしれません。

 もうひとつおもしろかったのは,美人でもあるに関わらず,家族からみにくいといわれて育ったため,自分をみにくいと思いこんでいる女性を描いた「みにくい美女」です。とくにその女性と結婚した男の心理には,「ざらり」と肌を撫でられたような気色悪さがあります。

97/08/10読了

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