森雅裕『モーツァルトは子守唄を歌わない』講談社文庫 1988年

 「ウィーンという町は不思議な所ですよ。一度住むと音楽に無関心ではいられない」(本書より)

 18年前に夭逝した天才作曲家ウォルフガンク・アマデウス・モーツァルト…彼が遺 した“子守唄”の楽譜を手にしたのをきっかけに,“私”ルードヴィッヒ・ベートー ヴェンは,彼の不可解な死の真相を探りはじめることになる。だがそれとともに “私”の周囲では殺人事件が続発し,調査を潰そうとする圧力も加わっていく。ナポ レオン軍に占領されたウィーンで,“私”が見いだしたモーツァルトの真の姿とは?

 昭和60年の第31回江戸川乱歩賞受賞作品。同年2月に,映画『アマデウス』が日本公開されたものですから,いらん憶測を呼んだ作品でもあります。でもって文庫版は,わたしに「モーツァルト」というと「パタリロ顔」と連想させるようインプリンティングした作品です(笑)(カヴァと挿画が魔夜峰央なんです^^;;)

 さて本編のメイン・トリックのひとつは,“モーツァルトの子守唄”に隠された秘密,ということで,暗号ミステリなのですが,暗号ものがとんと苦手なわたしですので,その暗号の善し悪しについては触れないことにします(<いいのか?(^^ゞ)
 しかしそんなわたしでも楽しめるのは,本作品の設定のうまさ,ストーリィ・テリングの巧みさ,そして登場キャラクタの魅力によるものでしょう。
 まずなんといってもモーツァルトの死の謎を,ベートーヴェンに探らせるという発想がじつに楽しいです。ともに学校の「音楽の時間」には必ず出てくる二大楽聖。有名であるとともに,馴染み深いキャラクタの配置が,イントロダクションとしてきわめて効果的であると言えます(最近では「音楽の時間」にビートルズも取り上げられているとのこと。そのうちジョン・レノンの死の謎をポール・マッカートニーが追う,なんてミステリも出てくるかも?(笑))
 そして舞台は1809年,フランス・ナポレオン軍により占領されたオーストリア・ウィーン。そこで18年前に死んだモーツァルトに絡む殺人事件が発生。「なぜ今の時期になって?」という謎が,その舞台設定から導かれ,複雑に絡んでいます。このあたりの設定がいいですね。
 そして劇場の客席で発見される「焼死体」,ベートーヴェンのワインに仕込まれた毒,モーツァルトの葬式にまつわる矛盾した証言などなど,次から次へと「謎」が出され,テンポよくストーリィを展開させていきます。また,それらの一部は,進行とともに解かれ,それとともに新たな謎が提出される,といった具合にメリハリがついているので,飽きさせません。クライマクスも,読者の視線をちょっとずらせておいてのカウンタ的な描き方で効果的です。
 そしてストーリィのテンポの良さをサポートしているのが,主人公ベートーヴェンと,その弟子カール・チェルニーとの「掛け合いマンザイ」といってもいい会話でしょう。その「ノリ」は,まさにパタリロバンコランのそれを思わせる軽快さとブラックさが混じり合っていて,カヴァになぜ魔夜峰央が選ばれたか,納得できるものです(笑) ベートーヴェンの一人称で書かれた地の文も,ちょっと斜に構えたユーモアにあふれています。

 つまりこの作品は,「モーツァルトの死の謎を探る」という素材的なおもしろさだけで評価すべき作品ではなく,話作りの上手さをも評価すべき作品であると言えましょう。

03/09/07読了

go back to "Novel's Room"