モーパッサン『モーパッサン怪奇傑作集』福武文庫 1989年

 11編を収めた短編集です。この文豪の作品は,タイトルをいくつか知っているだけで,読んだことがなく,またその生涯についても知りませんでした。訳者によれば,実質的な執筆活動期間はわずか10年間。晩年は発狂し自殺未遂,パリの精神病院で43歳の生涯を閉じたそうです。ですから収録作品のいくつかは,作者にとってフィクションではなく「現実」だったのかもしれません。
 気に入った作品についてコメントします。

「手」
 その男は,切断した「敵」の手首を部屋に飾っており…
 この作品は「理」に落ちるミステリなのでしょうか? それともストレートなホラーなのでしょうか? 死んだ男の首には「五つの穴」が空いていて,なおかつ被害者の口が指の1本を加えているとするならば,やはり語り手のセリフにあるように,それは聞き手の想像力を刺激しながらも,やはり「簡単」なことなのでしょう。しかし,背景はいっさい触れられていませんが,手首を切断して持ってくるという異様な行為そのものによって,男と「手首」の元の持ち主との底知れぬ確執が,かいま見えます。
「山の宿」
 一冬,雪に閉ざされた山小屋で過ごすことになった若い男は…
 設定ならびにストーリィ展開は,いたってシンプルなものですが,山小屋でひとりぼっちになってしまった主人公が感じる,同僚を見殺しにしてしまったかもしれないという罪悪感や,恐怖と孤独がもたらす狂気の描写に迫力があります。
「恐怖 その一」「恐怖 その二」
 さまざまなタイプの「恐怖」を描いた,一種のオムニバスと言えましょう。化け物と間違って飼い犬を撃ち殺した話,闇の中を押す人もなく動き続ける手押し車の話など,ちょっとミステリ・テイストで楽しめました。
「オルラ」
 “ぼく”はもうひとりの“ぼく”に乗っ取られつつある…
 今風にいえば多重人格物のサイコ・スリラーか,あるいは古式ゆかしきドッペルゲンガーものか…どちらともつかないながら,しだいしだいに追いつめられ,ついには屋敷に火を放つ主人公の焦燥感,狂気がじわじわと伝わってきます。途中で挿入される催眠術のエピソードは,「制御できない自分」という可能性とそれがもたらす恐怖を示唆する効果的な挿話と言えましょう。
「髪の毛」
 年代物の家具に隠されていた女の髪の毛に,“ぼく”は強い愛着を覚え…
 「髪の毛フェチ」のお話,と言ってしまえばそれまでですが,その対象である髪の毛が,はるか昔の,すでに死んでいるはずの女性のものである点が,単なるフィティシズムでは括りきれない,一種独特のおぞましさを醸し出しています。
「誰が知ろう?」
 ある夜,自宅に帰り着くと,家から家具がいっせいに逃げ出していくのを目撃し…
 作者の意図とは違うのかもしれませんが,家から家具が出ていくシーンは,どこかユーモラスな感じがします。そしてそれらの家具を,とある骨董屋で見つけるというのも,奇想で楽しめます。骨董屋の主人の正体がいっさい不明なところに,この作品の不気味さがあるのでしょう。なんだか伊藤潤二のマンガにありそうな感じです。

01/11/10読了

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