宮部みゆき『心とろかすような マサの事件簿』創元推理文庫 2001年

 「水が温かければ,泥は余所より早く腐るのだ」(本書「マサ,留守番する」より)

 俺の名前は“マサ”,元警察犬のジャーマン・シェパード,いまは引退して蓮見探偵事務所の用心犬している。しかし引退したとはいえ,心は現役。今日もまた,所長の娘,探偵歴3年目の蓮見加代子嬢とともに,事件を追って西へ東へ・・・

 この作者のデビュー長編『パーフェクト・ブルー』に続く,“マサ”を主人公としたシリーズ第2作です。5編よりなる連作短編集です。巻末の「著者ご挨拶」を読んで,改めて気づいたんですが,東京創元社では,この作家さん,まだ2冊目なんですね。ちょっと意外。

「心とろかすような」
 所長の娘・糸子とボーイフレンドの進也が朝帰りした。ところがふたりの「言い訳」はなんとも奇妙で…
 本編のメインはやはり,謎の少女のキャラクタ設定にあるのでしょうね。マサが「聞き込み」をしていて得る彼女のセリフ−「この犬,いくら?」−が,彼女の性格を巧みに浮き彫りにしていますね。またそれが,前半で描かれる蓮見親子の互いに思いやり合う姿とコントラストになってますね。
「てのひらの森の下で」
 毎朝のジョギング中,加代子と“俺”は死体を発見する。ところが“俺”の目の前で「死体」は立ち上がり,遁走しはじめた…
 主人公のマサは,頭は人間並みの知能を持っていますが,言葉が話せない,というハンディ(?)があります。本編では,発見した死体が「にせもの」であることにいち早く気づきますが,加代子たちに伝えることができません。その結果,この作品の前半は,どこか「倒叙もの」的なテイストになっています。後半の二転三転する展開,思わぬ伏線など,ミステリとしてすっきりまとまった1編になっています。本集中,一番楽しめました。
「白い騎士は歌う」
 強盗殺人の容疑で指名手配された男。その動機となったとされる「借金」の理由を明らかにしてほしいと依頼された加代子は…
 本編と,つぎの「マサ,留守番する」の2編は,どこかハードボイル・ミステリを彷彿させるビターな仕上がりになっています。『鏡の国のアリス』中の「白い騎士」が漂わせる道化師的な哀しみを,ストーリィに上手に取り込んでいます。しかしそれはまた「善良さ」が,必ずしも「救い」とならない世の皮肉をも表しているのでしょう。
「マサ,留守番する」
 蓮見一家は台湾旅行三泊四日。“俺”が留守番する事務所の前に,子ウサギが5匹,置き去りにされ…
 もともと本シリーズの基本設定は,ファンタジックなものですが,本編はさらに,カラスのアインシュタインなどが登場し,ファンタジィ色が強くなっています。しかしその反面,上にも書きましたように,人々の心の奥底に眠る「悪意」を抉りだすことで,内容そのものはヘヴィなものとなっています。事件の真相とも響き合うようなハラショウの無惨な末路を眼前にして立ちすくむ“俺”の姿は,ハードボイルド・ミステリの私立探偵たちのそれに重なり合うように思います。
「マサの弁明」
 新人作家・宮部みゆきから,不可解な依頼を受けた加代子は…
 まぁ,一種の「読者サービス」的な作品ですね(笑)。ふ〜ん…彼女,煙草を吸うんだ。童顔なだけに少々意外の感がありますね(もしかすると,ここらへんも「フィクション」だったりして…)。

01/05/09読了

go back to "Novel's Room"