太田忠司『帰郷』幻冬舎ノベルズ 1998年
この作者の作家デビュウ作である表題作をはじめ,34編をおさめたショートショート集です。いろいろなタイプの作品がありますが,もの悲しく,ちょっとセンチンメンタルな雰囲気を持った作品に佳品が多いようです。
気に入った作品についてコメントします。
「すぱいらる」
「やっぱりママを殺さなくちゃ」ユリの言葉にシンは驚いた…
多重人格ものをもうひとひねり,アクロバティックなミステリを読むような手触りを持った作品です。
「ただ一度」
病弱な娘と一緒に散歩に出た父親は,娘を失う哀しみに打ちひしがれ…
ネタばれになるので書けませんが,この作品のラストで描かれた“哀しみ”が,もしかすると現実化する世界にわたしたちは生きているのかもしれません。
「帰郷」
“ぼく”は帰ってきた,ブラウントゥリーに。懐かしい故郷に…
不条理なシチュエーションながら,全編に静かで透明感のある哀しみに溢れた作品です。主人公の短いモノローグによって,彼が生きたであろう暗い陰惨な人生が浮き彫りにされているところがいいです。
「飛べない鳥のはばたきは」
行きつけのスナックのママの様子が少しおかしくなっていき…
「奇妙な味」風の作品。とりたててひねりがあるというわけではありませんが,都会の片隅で生き,死んでいったひとりの女性の姿を淡々としたタッチで描いています。
「夏の川辺にて」
釣りをしている少年の元に,叔母が呼びにやってきて…
素材はオーソドックスながら,丁寧に伏線が引かれたミステリ・ショートショートです。少年と叔母とのやりとり(駆け引き?)の描写が緊張感があってグッド。
「情事の結末」
情事直後の女の部屋に夫が乗り込んできて…
この作品も良くできたミステリ・ショートショートです。アイロニカルなラストの一文が効いてます。
「雛の殺人」
営利誘拐,幼児殺害で逮捕された男の元に,刑事が訪れ…
ショッキングなラストがなんともやりきれません。ふくらませれば,ハードボイルドの長編にでもなりそうな作品です。
「宣伝効果」
鈍くさいイメージの家電メーカーが,心機一転,積極的な宣伝を打ち出したが…
“神様”星新一の作品を彷彿させるラストには爆笑してしまいました。
「思い出の小匣」
「これはね,わたしのたったひとつの思い出なんです」老人は語りだした…
ラストで一瞬,ホラー的,あるいはSF的オチかとも思ったのですが,さらに反転,じつに余韻の深いエンディングになっています。
「割れても末に」
老婆ネディアは,突然,はるか遠くのブラウントゥリーに行くと言い出し…
最後に明かされる「幽霊」の正体がなんとも心憎いです。「ブラウントゥリー」という村の名前は,「帰郷」にも出てきましたが,作者にとっては思い入れのある「地名」なのかもしれません。
99/02/03読了
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