物集高音『血食 系図屋奔走セリ』講談社ノベルズ 1999年

 家系を調べる「系譜探偵」忌部言人は,友人・物集高音とともに,依頼を受けて紀伊大島に渡った。だがそこで彼らを待っていたものは,一家四人皆殺しの凄惨な殺人事件だった。そして彼らの調査で浮かび上がる明治19年の謎の海難事故「ノルマントン号事件」。家系調査によって明らかにされる恐るべき過去の因縁。忌部と物集が見出した事件の真相とは?

 「ペダントリック・ミステリ」というか,「蘊蓄探偵」というと,古くは小栗虫太郎法水麟太郎,最近では京極夏彦京極堂を思い浮かべますが,「系譜探偵」という奇妙な職業の忌部言人を主人公とする本編もまた,そんな衒学趣味が横溢する作品です。おそらく主人公の設定説明のためでしょう,「黒栖考」と題された章では,「黒栖」という姓をめぐる忌部の「推理」が描き出されますが,それを皮切りに,もう全編,家紋やら系図やら,神社仏閣の由来やら,郷土史やらの蘊蓄が,忌部の口を通じて,「これでもか」というくらいに披瀝されます。
 加えて,外国乗員は助かったのに日本人乗客がすべて死んでしまったという海難事故「ノルマントン号事件」の顛末(この事件は実際にあったようですね)や,舞台となった昭和初期の世相などが盛り込まれるものですから,もう「小説」読んでるんだか,「解説」読んでるんだか・・・^^;; 巻末の「参考文献」の量も半端じゃありません(笑)。

 この手の作品はけして嫌いではありませんが,蘊蓄が少々「生」という感じが強く,もう少し,ストーリィ展開に合わせた加工が欲しいところですね。というのも,たしかに系図屋という設定だからこそ生きてくる謎解き,推理もあることはあるのですが,作中に散りばめられたペダントリックな部分を捨象してストーリィを眺めてみると,むしろオーソドックスな展開になっているのではないかという印象を持ちます。ちょっとネタばれ気味ではありますが,書いてしまうと,ハードボイルド・ミステリにときおり見かけるパターンのストーリィのように思えます。つまり,ハードボイルド・ミステリにおける私立探偵の役割を系図屋が受け持っている,とでもいいましょうか。ですから設定やデコレーションは,系譜探偵という,これまでにない独創性を持ちながらも,ストーリィとしてはいまいち新鮮味に欠ける憾みがあるように思います。あるいは逆に,独創性が秀でている分,そういった物足りなさが目についてしまうのかもしれません。

 ある事件の原因,動機が,過去の因縁に基づくというパターンは,横溝正史金田一耕介シリーズにしばしば見られますように,ミステリにとって馴染みやすいものですから,系譜探偵という本編の設定は秀逸な着眼といえましょう。もしシリーズものになるのだったら,ペダントリィが,ミステリとしての謎そのものに深く結びついた作品を期待したいところです。

98/05/30読了

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