中村融編訳『影が行く』創元SF文庫 2000年

 「いまのは論理的な話じゃない。そんなことは百も承知だ。でもな,そいつに地球の論理は通用しないんだ」(本書「影が行く」より)

 13編のSFホラー短編を収録したアンソロジィです。いずれも古典的な佳作,粒ぞろいです。雑誌に掲載された短編を機械的に集めた「アンソロジィ」や,普通の雑誌原稿の依頼とどういう違いがあるのかよくわからない「書き下ろしアンソロジィ」が数多く刊行されている昨今ですが,こういう作品集こそ,正統的な意味での「アンソロジィ」なのでしょう。
 気に入った作品についてコメントします。

リチャード・マシスン「消えた少女」
 ある夜,娘の泣き声で目を覚ました“わたし”は,娘の姿を探すが…
 ネタの古めかしさは否めないものの,声だけ聞こえながら姿が見えない娘というシチュエーションの不気味さと,そんな娘を探す両親の困惑と悲哀がひしひしと伝わってくる雰囲気作りは巧いです。
シオドア・L・トーマス「群体」
 交差点の地下にある下水の中で生まれた生命体は,徐々に街を征圧していき…
 B級SFホラー映画のようなストーリィ展開ですが,ニュース原稿を読むような坦々とした文体と,ときおり挿入されるブラックな味付けが,読んでいてじつに心地よいです。それにしても「クローン」というのは,こういう意味だったのですね。
ジョン・W・キャンベル・ジュニア「影が行く」
 南極越冬基地で発見された,氷づけの異星人の死体。それは基地を恐怖のどん底に陥れた…
 映画『遊星からの物体X』の原作です。わたしはリメイク版しか見たことがないので,“Thing”のSFXによるおどろおどろしい造形ばかり目に行っていましたが,原作では,むしろミステリ的とも言える興味と恐怖,つまり「犯人(モンスタ)は誰か?」を重視した作品なんですね。「線引き」のためのテストのシーンは緊迫感にあふれています。「ほら,あなたの隣にいる人はじつは・・・」という恐怖は,もしかすると都市生活者にとって根元的なものなのかもしれません。
フィリップ・K・ディック「探検隊帰る」
 2年ぶりに火星から帰ってきた探検隊員を待っていたものは…
 古典的な作品です。たしか他のアンソロジィにも収録されていたのではないかと思います。なぜ探検隊員は敵視されるのか,というミステリアスなオープニングと,「繰り返し」という行為が持つ不気味さが鮮烈なエンディングはやはり秀逸。
ロジャー・ゼラズニイ「吸血機伝説」
 人類滅亡後,機械だけの世界に「魔物ロボット」が出没し…
 人類が滅んだ後,ロボットが「人間世界」を引き継ぐというパターンは,SF作品にしばしば見られますが,人間以外の「異形」もまた引き継がれるという,アイロニカルな作品です。発想のユニークさが楽しいです。
クラーク・アシュトン・スミス 「ヨー・ヴォムビスの地下墓地」
 火星で発見された4万年前の遺跡。その地下墓地で眠っていたものは…
 廃墟に眠る異形が人間の無知と欲望によって蘇る,という,ホラーでは定番ともいえるシチュエーションを,SFに移植した作品といえましょうか。SF的装いをまといながらも,設定といい,語り口といい,オーソドックスなホラー作品をベースにしています。モンスタの造形がおぞましくていいですね。なぜか伊藤潤二のマンガを連想しました。
ジャック・ヴァンス「五つの月が昇るとき」
 「五つの月がそろって空に昇るときは,何も信じちゃいけない」…そう言い残して,同僚のセギロは姿を消した…
 たとえ地球から離れた惑星に移したSF的な舞台を設定したとしても,孤独がもたらす不安や狂気は,どこまでも人間につきまとうのかもしれません。しかしSFだからこそ,その不安や狂気を,よりヴィヴィッドに浮かび上がらせることができるのかもしれません。
アルフレッド・ベスター「ごきげん目盛り」
 人間に危害を加えないはずのアンドロイドが,つぎつぎと殺人を犯し…
 編者がいみじくも書いていますように,サイコ・サスペンスを彷彿させる一編です。それも「主体」という「幻想」の崩壊―それはサイコ・サスペンスの常道のひとつでしょう―を,実験的な手法で描きだすことで,その崩壊のもたらす不安をより一層高めています。
ブライアン・W・オールディス「唾の樹」
 知り合いの農園に落下した“隕石”。以来,農園はその姿を変え始め…
 謎の隕石,透明なモンスタ,徐々に変貌していく農園・・・一時期,「侵略テーマSF」にはまっていたわたしとしては,読んでいてワクワク,ドキドキする作品です。とくに植物が異常生長して繁茂し,やたらと多産化する家畜たち(と人間!)が生み出す「異形の農園」の風景は,この作者の代表作『地球の長い午後』を彷彿させます。またストーリィに男女の三角関係や,農民とブルジョワとの対立などを織り込んで,メリハリをつけているところは巧いですね。1965年に発表され,19世紀末を舞台にしていながら,どこか現代の高度に機械化され,バイオ・テクノロジィ化された農法を連想させる点,予見と示唆に満ちています。

00/09/06読了

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