朝松健編『秘神〜闇の祝祭者たち〜』アスペクト・ノベルズ 1999年

 サブ・サブ・タイトル(?)が「書き下ろしクトゥルー・ジャパネスク・アンソロジー」となっていることからわかりますように,日本人作家による「クトゥルフ神話」(個人的にはこっちの「音」の方が好きだったりします(^^ゞ)のアンソロジィです。
 「クトゥルフ神話」では,通常,さまざまなアイテム―「インスマウス」「アーカム」「ネクロノミコン」「ダゴン」「ヨグ=ソトース」「ナイアルラトホテップ」などなど―が共有されており,それが「神話」と呼ばれる由縁のひとつでもあります。もちろん本書に収められた5編の中編においても,物語のバック・グラウンドとしてそれらがあるわけですが,それとともに,「千葉県海底(うなそこ)郡夜刀浦(やとうら)市」という「場」が共通のフォーマットとして設定されています。「邪神」との接触が,特定の「場」,特定の「一族」に限られる場合の多い「神話」のパターンを踏襲しているのかもしれません。あるいはまた「クトゥルフ神話」という「縛り」だけでは,あまりに茫漠としていて,各短編のベクトルが拡散しすぎ,アンソロジィとして散漫になるのを防ぐための設定なのかもしれません。

飯野文彦「襲名」
 江戸落語の中興の祖・三遊亭圓朝。その天才落語家の襲名には,ある奇怪な秘密が隠されていた・・・
 「落語」と「クトゥルフ」という,予想外のカップリングに驚かされます。おそらく作者は,『牡丹灯籠』『真景累ヶ淵』といった圓朝の代表的な作品に「異形性」を感じ取ったのでしょうが,そのカップリングが,果たしてどれほど効いているか,というとちょっと疑問です。
朝松健「『夜刀浦領』異聞」
 下克上の世,主君の命を受けてひとりの姫を追う若武者が迷い込んだ異界とは・・・
 この作者お得意の「時代物ホラー」「真言立川流」やら「茶吉尼天」やら,日本的なアイテムをふんだんに取り入れていて,作者が構想している,より大きな枠組みの中のワン・エピソードといった感じの作品です。
図子慧「ウツボ」
 無理矢理,輪姦に加えさせられた祐司は,その女性を助けたことから・・・
 ネタ的にはよく見かけるもので,結末は予想できるところもありますが,主人公と少女との,おぞましくもせつないラヴ・ロマンスに仕上がっています。「噂」で始まり,「噂」で終わらせる展開はわたし好みです。
井上雅彦「蒼の血(しるし)」
 恋人が語る不可思議な体験。それは藍子の過去にも繋がるものだった・・・
 「ガラス窓を隔てた異形の恋」といったモチーフは,不気味ながらもロマンチックな雰囲気があって楽しめるのですが,後半の少々バタバタした展開と,唐突なエンディングは,残念です。イメージが先行してしまっている感じです。
立原透耶「はざかい」
 大手写真チェーン店でアルバイトする暁里は,半年前から預かりっぱなしの写真を届けることになり・・・
 ストーリィそのものはけして目新しい感じはありませんが,スピーディで緊張感のある展開の作品です。この作品集では一番きっちりまとまっているのではないかと思います。先述したような,本アンソロジィが共有する「夜刀浦」という「場」を真正面から取り上げていることも,へんな「思わせぶり」がなくて,好感が持てます。
笹川吉晴「邪神崇拝者たちの肖像―我らが内なるクトゥルー」
 巻末につけられた評論です。前半の要領よくまとめられた「クトゥルー神話史」は,本アンソロジィを読む前に読んでおくと,本書がよりおもしろく読めるかもしれません。また「ホラーの本質は恐怖にあらず,怪奇にあり」といった指摘は,「ホラー教条主義者(笑)」のわたしにとっては,うなづける部分があります。でも途中からの,「いかにも」的な反近代論は陳腐な感が免れません。ですから最後のアジテーションも興ざめです。

 このほか,このアンソロジィには,高橋葉介・諸星大二郎・山田章博による1ページ大のカットが,各人2点,計6点挿入されています。ちょっと中途半端な扱いのように思えます。

98/05/12読了

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