宮部みゆき『平成お徒歩(かち)日記』新潮文庫 2001年

 『小説新潮』の年2回の「時代小説特集号」に掲載された「イロモノ」(本人談)エッセイです。作家ミヤベミユキが,編集者やらカメラマンやらとともに,江戸時代の史跡をめぐりながら,おいしいものを食べるという(笑)旅行記であります。ただし「お徒歩(かち)」と題されているように,「歩く」ことを基本にしています。

 この作家さんの小説における「語り口」の絶妙さは定評のあるところですが,このエッセイでもその巧さが十二分に発揮されています。もっとも,小説の「語り口」とは,かなりテイストが異なります。この企画エッセイに先行して「パイロット版」として掲載された「剣客商売「浮沈」の深川を歩く」を読むと,まだまだ文章が「硬い」という印象を受けますが,本編になると,より一層,軽快さというか,おちゃらけさが増して,なんだか新井素子のエッセイを読んでいるような感触を感じたのは,わたしだけでしょうか?

 「其ノ壱 真夏の忠臣蔵」は,吉良上野介を討ち取った赤穂浪士一行が,吉良邸から泉岳寺へ向かった道筋を歩いていきます。大川(隅田川)以東が,本来「江戸」の中に組み込まれていなかったこと,その地に幕府が吉良家に屋敷替えを命じたことなど,おもしろかったですね。このことだけで,討ち入りの背後にあった「何らかの意思」の存在を想像できて,楽しくなります。
 「其ノ弐 罪人は季節を選べぬ引廻し」は,死罪とされた罪人が伝馬町牢屋敷から,小塚原刑場あるいは鈴ヶ森刑場へと,引き回されるルートをたどるというもの。時代劇でよく見かける光景ながら,それを歩いてみせるという着眼点のユニークさがいいですね。また「引廻しの上,獄門」となる犯罪のひとつに「偽秤をつくる」というのがあるのに驚きました。今でいえば経済犯を死刑にするようなものですよね。
 で,お江戸を離れて,はじめての「遠征」をつづった「其ノ参 関所破りで七曲がり」は,「お徒歩(かち)日記 in 箱根」であります。作者が文中で述べているように,わたしも箱根に行ったとき,「わざわざ関所を通らなくても,山の中に入れば,十分抜けられるんじゃないかな?」などと思っていましたが,山中にも「脇関所」などがあって,警戒厳重だったのですね。でも,江戸時代通じて,「関所破り」で死罪になったのが6人しかいないというのもびっくり。う〜む・・・時代劇の悪影響なんでしょう。
 皇居,つまり江戸城を一周したのが「其ノ四 桜田門は遠かった」です。この章で一番おもしろかったのが,作者の「石落とし」に対するコメントです。城壁を登る敵に石を落とすための窓下の細い枠,という「石落とし」についての説明の後に一言,「暖房効果は台無し」。軍事施設に対して,こういった日常感覚的な感想をするりとはさむところが,じつにいいですね。変事をさとられないために,大名の駕籠がいつも駆け足だったというエピソードも合わせて,感覚レベルでの「リアルさ」が伝わってきます。
 「其ノ伍 流人暮らしでアロハオエ」は,箱根編につづいて,「遠征」第2弾・八丈島編です。「流人の島」というと,どこか暗いイメージがありますが(横溝正史『獄門島』の影響かしらん?),島の人が「八丈島の文化は流人の文化」と,しっかりはっきり言い切ってしまっているところは,すがすがしいものがありますね。また作者の八丈島と三宅島への「目配りの良さ」も好感が持てました。
 「其ノ六 七不思議で七転八倒」は,作者が病み上がりということで,彼女の「縄張り」本所深川の「七不思議」をめぐる「旅」です。「置いてけ堀」というのは,3ヶ所,伝承地があるんですね。伝承にも,「本家」とか「元祖」とか「老舗」とかあるのかもしれません(笑)。それにしても,その「置いてけ堀」で,釣竿と魚籠を持たされる作者の姿・・・作家さんもたいへんだ^^;;
 最終回「其ノ七 神仏混淆で大円団」は,長野善光寺から伊勢神宮へという長丁場。作者も言い訳しているように,ほとんど「観光グルメ・ツアー」といった感じがします。長いわりに,内容的には,ちともの足りないものがありますが,まぁ,新潮社最後の大盤振る舞い,といったところなのでしょう。

 このほか,前述した「剣客商売「浮沈」の深川を歩く」と,「いかがわしくも愛しい町,深川」の2編を,あわせて収録しています。ともに,作者の故郷・深川に対する愛着が伝わってくる作品です。

01/01/05読了

go back to "Novel's Room"