井上雅彦監修『グランドホテル 異形コレクションIX』廣済堂文庫 1999年

「旅が日常から離れる行為だとすると,ホテルってのは非日常的な場所ということさ。そのぶん,あの世に近い場所なのさ。」(本書所収 奥田哲也「鳥の囁く夜」より)

 乗りに乗っている「異形コレクション」の第9弾の舞台は「グランドホテル」です。それも,「高原のクラシック・ホテル」「一世紀もの昔に外国人の手により建てられた木造建築の西洋館」と,細かく設定されています。さらに日付は「聖ヴァレンタイン・デイの夜」,これは本書刊行の頃合いに合わせたものでしょうが,これまた監修者から指定されています。
 このシリーズのような書き下ろしアンソロジィには,当然,「テーマ」という「縛り」が作者に課せられるわけですが,「ある特定のホテルにおいて同一日に起こった怪異」という設定=「縛り」は,他のものにくらべより一層きついものといえましょう。この設定は,映画の『グランドホテル』をモデルとしているようですが,小説アンソロジィにおいて試みられたという点で,きわめて興味深いものといえるかもしれません。
 気に入った作品についてコメントします。

芦辺拓「探偵と怪人のいるホテル」
 グランドホテルに投宿した男を,遺産相続のため殺そうとする男女三人は,ひそかに彼をつけ狙うが…
 冒頭に掲げられた奇妙な「前号までの粗筋」。「現実」に進行する少々陳腐な殺人計画。はたして両者の関係は如何?という展開の果てに待っていたものは,「現実」と「虚構」の混淆,そして「虚構」の勝利を高らかに歌いあげるエンディング。「本格ミステリ」に愛着を持つこの作家さんらしい作品といえるでしょう。
恩田陸「深夜の食欲」
 深夜,ボーイはワゴンを運ぶ。ロースト・ビーフ4皿を載せて…
 怪談は「ネタ」そのものも大事ですが,それ以上に「語り口」の巧拙に左右されると言います。雰囲気描写に卓抜の筆力を持つこの作家さんだけに,そこらへんのツボはしっかり押さえています。とくに冒頭のエレベータのドアの描写,「刃のような扉が開く」の一言で,作品の世界にすっぽりはまってしまいました。
京極夏彦「厭な扉」
 「宿泊すると幸福になれる」そんな噂の流れるホテルに泊まったホームレスの男が見たものは…
 いよいよ大御所の登場です。ページを超えて文章が続かないところは相変わらずです(笑)。主体はどこにあるのか? 主人公の「私」はどこにいるのか? それらの判然としない雰囲気は幻想的であるとともに,恐怖とは質の違う,まさに「厭」な感じですね。
難波弘之「ヴァレンタイン・ミュージック」
 今村希里コンサートのメンバとしてホテルに投宿した満照は,そこで変なものに取り憑かれ…
 この作者の作品を読むのはむちゃくちゃ久しぶりです。登場するキャラクタのせいもあるのでしょうが,ホラー的なネタを素材としながらも軽快感のあるストーリィは,本集中,異色なテイストを持っています。「歌は世界を癒す」と言ったのは,ボブ・マーレイだったでしょうか?
倉阪鬼一郎「雪夫人」
 “雪夫人”の伝説を取材しに来た作家が体験した怪異とは…
 「ネオ・ゴシック」と呼ばれるこの作者と,バレンタイン・デイとはちょっと結びつきにくいところですが,じつにうまい具合に処理しています。ネタとしてはオーソドックスですね。
斉藤肇「シンデレラのチーズ」
 5年間,毎年バレンタイン・デイに投宿する“ぼく”には,ある目的があった…
 メルヘンチックなタイトルと,大きなギャップの内容が楽しめる(笑),SFタッチの作品です。ラストの一文は,それまで描かれた恐怖とは,異なる質の恐怖を醸しだすのに効果があります。
津原泰水「水牛群」
 不眠の末,アル中になり,発狂寸前の“おれ”は,「伯爵」とともにそのホテルに泊まり…
 ホテルの和風レストランのすぐ裏手で「水牛」を捕まえに行くという,なんとも不条理な雰囲気に満ち満ちた作品です。それでいて,叙情味溢れたラストはグッドです。「猿渡さんの物語です」という伯爵のセリフには,どこかしみじみとした重みがあります。

99/03/04読了

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