田中啓文『銀河帝国の弘法も筆の誤り』ハヤカワ文庫 2001年

 5編を収録した短編集です。

 「夏向き」の作品です。ですが,だからといって「清涼感あふれる」とか「さっぱりとした」とか「読後感が爽快な」いう意味ではありません。要するに,今年(2001年)のような猛暑の中,頭がボケボケになっている状態で,「何も考えずに読めるおバカな作品」という意味で「夏向き」なのです(笑)。
 表紙をめくると,そこには献辞があります――「田中啓文に捧ぐ」・・・思わず我が目を疑ったところへもってきて,もう1ページめくると「アイザック・アシモフにも捧ぐ」・・・このわずか2ページで,この作品集の「性格」を明示する手法は,鮮やかの一言に尽きましょう(笑)
 そしておつぎは「目次」です。5編の作品タイトルそれぞれの後ろに,なんと5人の作家さん,それも小林泰三・我孫子武丸・田中哲弥・森奈津子・牧野修というそうそうたるメンバの「解説」が付いてます。ところが,その「解説」,すべて「××作家・田中啓文批判」という,とても「解説」とは思えないタイトル。もうこうなれば,否が応でも「期待」が高まろうというものです(笑)
 で,個々の作品はあとまわしにして,巻末に「<人類圏>興亡史年表/作成:ハリー・センボン」。作成者のネーミングが思いっきりチープで楽しいのですが,最初の3行で爆笑してしまいます。長大なスペース・オペラなどでよく見かける「年表」を巧みにパロっています。さらに「<人類圏>歌謡全集/作成:ハリー・センチョップ」やら「フランク・Y・パウル追想の記/リンダ・パウル(犬森望・訳)」やら,おちゃらけ精神全開の「付録」がたくさん付いているところもいいですね。そして「だめ押し」の「著者あとがき」「文庫版のためのあとがき」・・・もうここまでやってもらえると「参りました」と頭を下げたくなります(笑)
 いずれにしろ,暑さで頭が沸騰してる諸兄には,うってつけの作品であることはまちがいありません。

「脳光速 サイモン・ライト二世号,最後の後悔」
 人類の敵である謎の精神生命体“ファントム”に対抗するため,1000人分の“脳”を乗せたサイモン・ライト二世号の運命は・・・
 最初の設定−1000人分の脳を乗せた宇宙船−から派生するさまざまなトラブルをスラプスティク風に描いています。脳だけになった“人間”のストレスを発散させるために,しゃべる唇だけ壁に移植するという発想はじつにグロです(笑) 登場人物同士の軽妙な会話も楽しいですね。ラストの処理もすっきりしてグッドでした。
「銀河帝国の弘法も筆の誤り」
 地球から5万光年離れた星からメッセージが届いた。曰く「ブラックホールにホトケはいるかおらぬか・・・そもさん!」
 異星人から「禅問答」を問いかけられるというオープニングがぶっ飛んでますね。でもって,それに答えるため,高野山中に「生きている」空海を呼び出すというハチャメチャさもたまりません(夢枕獏『魔獣狩り』でも,似たような(?)空海ネタがありましたね)。さらにその空海,乱暴狼藉の限りを尽くすのですが,ラストにいたっての思わぬツイストが痛快でした。
「火星のナンシー・ゴードン」
 警察の追っ手を逃れて火星に隠れようとした泥棒ナンシーは,そこで不可解なロボットたちと出会い・・・
 「ナンシー・ゴードンというのは,なにかSF作品のパロディなんだろうかなぁ」と想いながら読んでいましたが,その「元ネタ」に気づいたとき,思わず爆笑! それによって「シグ・ァッコー」「グォバス」「ィドゥン」「クァン・グーン」も,笑いなしでは読めませんでした。でも,わたしがオフラインでこの作品を話題にするときは,相手に十分注意しなければなりません^^;;
「嘔吐した宇宙飛行士」
 はじめての宇宙歩行訓練前夜,李・バイアは,無謀にも「大食い競争」に参加し・・・
 『異形コレクション トロピカル』所収の「オヤジノウミ」などで見られた「悪趣味」が,存分に発揮されている作品です。以前,宇宙服の中で水死するというパターンの作品は読んだことがありますが,こちらはあまりにきついーー;;ゞ とくに宇宙をさまよいながら「どのようにして生き延びたか」とか・・・くれぐれも食事中には読まない方がいい作品です(笑) 
「銀河を駆ける呪詛 あるいは味噌汁とカレーライスについて」
 人類の前に突如現れた知的生命体は<人食い>だった。人類は彼らに対抗するために,ある通信技術を開発するが・・・
 瞬時に空間を超えた通信技術として,SFならば定番としてテレパシーといくところでしょうが,それを「呪詛」,それも古典的な「人形」を使った呪詛を持ってくるところは,着眼点としておもしろいですね。たしかに呪詛もテレパシーの一種ですからね。そしてそれ以上に凄いのが,呪詛をモチーフとして使った理由,それが最後に明かされるのですが,「読者をなめるんじゃねぇ!」と怒鳴りつける気力さえも奪うエンディングは,ほとんど芸術的です(笑)

01/08/08読了

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