宮部みゆき『幻色江戸ごよみ』新潮文庫 1998年

 12編よりなる,時代物の連作短編集です。タイトルに「こよみ」とあるように,旧暦の1月から12月までが舞台となるよう,各編が配されています。怪異譚,ミステリ風,人情話,それぞれに味わいは違いますが,いずれも余情あふれる短編で,「やっぱり,宮部はいいなぁ」と思わせる作品集です。気に入った作品についてコメントします。

「紅の玉」
 奢侈禁止令のもと,病妻を抱える飾り職人・佐吉に,贅沢な簪作りの依頼があり…
 内容自体は,すごく後味の悪い作品ですが,武士の勝手な思いこみ,独善的な倫理観の犠牲になる庶民の姿を活写しています。
「春花秋燈(しゅんかしゅうとう)」
 古道具屋を訪れた客は,行灯がほしいというのだが…
 行灯をめぐる因縁譚,怪異譚二題といった作品。床入りしようとするたびに灯る行灯,嫉妬が深いのは男か女か,しゃれた怪異譚です。ラストにも苦笑させられます。
「庄助の夜着」
 飲み屋の雇い人・庄助は,古着屋で夜着を買ってから急にやつれはじめ…
 幽霊譚と思わせつつ,人情話かもしれないとも解せられる,あやふやなまま迎えるエンディングは,いずれであっても,せつない余韻が残ります。
「まひごのしるべ」
 子どものの首にかかっていた迷子札。そこに記された両親は3年前に死んでいた…
 タイム・スリップもののSF的状況は,ラストで「理」に落ちるとともに,自分の子どもをはからずも殺してしまった,哀しい母親の姿が浮かび上がってきます。江戸って,迷子が多かったんですね。
「だるま猫」
 火消しになりたい文次は,角蔵から不思議な「頭巾」をもらうが…
 猫,盲目の按摩師,「人から嫌われる」。まるで三題噺のような怪異譚です。とくに按摩のあつかいが巧いですね。
「小袖の手」
 娘が買ってきた古着をほごしてしまった母親は,その理由を話し始め…
 この「小袖の手」という怪談は,むかしからあったのでしょうか? 『パタリロ!』で読んだ記憶があるのですが(笑)。三造が小袖を背負って月を見るシーンは,不気味ながらもの悲しいものがあります。「庄助の夜着」もそうですが,怪異を見る者を,寂しい人物に設定するところが,この作者の持ち味なのでしょう。
「神無月」
 毎年,神無月になると押し入る,奇妙な盗賊がおり…
 盗賊を追う岡っ引きと,その盗賊の姿とが交互に描かれ,適度な緊張感を持ったストーリィ展開。娘のために盗賊をせざるをえない男の心持ちと,人を殺めてしまう前に盗賊を捕まえたいと考える岡っ引きの心情が響き合って,犯罪を描きながらも,作品に暖かい雰囲気を与えています。また「神様は,出雲の国に去っている」というラストの一行が,じつに味わい深い余韻を醸しだしています。本作品中では一番楽しめました。というか,この作者の短編としては,かなり上位にランクされるんじゃないでしょうか?
「侘助の花」
 生き別れの娘がいると嘘をついた看板屋の元に,その「娘」が現れ…
 「娘」はなにものなのか? というミステリ的なテイストを持った作品です。ラストで明かされる真相は,なんともやりきれない哀しみがあります。
「紙吹雪」
 井筒屋の女中ぎんは,屋根に登ると,紙吹雪を撒き散らし…
 しだいしだいに主人公の行動が明かされていく展開は,サスペンスに満ちています。また師走の冷たい風の中,紙吹雪を撒き散らす主人公の姿が印象的です。

98/09/04読了

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