スティーヴン・キング『図書館警察』文春文庫 1999年

 「非合理的な物語は,わたしの知るかぎりにおいて,自分の住む世界を表現するためのもっともまっとうな手段なのだ」(本書「『サン・ドッグ』に関するノート」より)

 『ランゴリアーズ』に続く,「Four Past Midnight」の後半2作を収録しています。

「図書館警察」
 「ときたまね,そのことはもう乗り越えたと思えることもある。でも,そういうときにかぎって思わぬ方向からそいつが襲ってきて,おれをうち倒すんだ。ぜったいにふり払えないことも,世の中にはあるんだよ」(本作品より)

 突如頼まれた講演のため,図書館から2冊の本を借り出したサム。講演は大成功に終わったものの,本を紛失してしまった彼の元には,「図書館警察」がやってきて・・・

 本書には各編冒頭に作者の「ノート」が付せられていますが,本編のそれによれば,「図書館警察」というのは,アメリカの子どもたちの間で囁かれる「都市伝説」の類のようです。貸出期限を過ぎて返さなかった利用者のもとには,「図書館警察」がやってきて捕まえてしまう,という噂のようです。たしかに,図書館の本に限らず,人から物を借りて,たとえ悪意はなくても,つい返し損ねてしまう,ということは往々にしてありますし,またそれに気づいたときの後ろめたさ,居心地の悪さといったら,なんともいえない苦いものがあります。ですから「図書館警察」というのは,その「後ろめたさ」「居心地の悪さ」をじつに巧みに表現しているように思います。あるいはまた,子どもにとっての「ルール違反」と罰に対する「恐怖」をも内包しているように思います。
 本編は,そんな不安と恐怖の象徴とも言える「図書館警察」を手がかりとしながら,スーパーナチュラルなモンスタと,主人公サムにとっての「図書館警察」=封印されたおぞましい過去とを絡め合わせながら,緊迫感あるホラーに仕立て上げています。とくに前半,サムが本を借りた「図書館」,そしてそこで出会った奇妙な司書アーデリア・ローツが,じつは「過去のもの」であったということが,徐々にわかってくるところの展開は,読んでいてい,背筋がぞくぞくするものがあります。ただ中盤,ダーティ・デイヴによって語られるアーデリアの“正体”はあまりに奇怪すぎて,個人的にはちょっと馴染めないところがありましたが(描写も少々冗長な感がありました),子どもたちの「恐怖心」を糧として成長するモンスタというのは,もしかすると「都市伝説」そのもののメタファなのかもしれません。しかしサムにとっての「図書館警察」が判明し,アーデリアとの対決(それはサムにとっては「過去」との対決でもあります)へと雪崩れ込んで行くところは,ふたたびスピード感を取り戻し,クライマックスを盛り上げていて,一気に読み通せました。

「サン・ドッグ」
 ケヴィンが15歳の誕生日プレゼントにもらったポラロイドカメラ・サン660。しかしそのカメラでは,いつも決まった情景しか撮れない。杭垣の前にたたずむ大きな黒い犬の姿しか・・・

 作者の「ノート」によれば,『ダーク・ハーフ』にはじまり,『ニードフル・シングス』に終わる「キャッスルロック3部作」の,ちょうど真ん中に位置する作品だそうです。
 たとえば過去を写すカメラ,未来を写すカメラ,見た夢を写すカメラ,被写体の“本当の姿”を写し出すカメラ,写された人物が死ぬという“呪われたカメラ”,そしてなんといっても“心霊写真”――カメラあるいは写真というのは,ホラーやSFではよく見かけるアイテムといえましょう。カメラや写真には,写す人物の意図とは関わりなく,なにが写っているかは,写真ができあがるまで確認できないという「不安」がつねにつきまとっているせいかもしれません。
 この作品でも,眼前にない“異界の魔犬”を写し出すポラロイドカメラにまつわる怪異を描いてます。しかしこの作品のおもしろさは,その“異界の魔犬”が単なる静止画像ではなく,写真を写すごとに,しだしだいに“こちら”に顔を向き,襲いかかるような姿を現してくるところにあると思います。金銭的欲望に振り回されながら,カメラを隠匿し,つぎつぎと写真を撮り続ける―“魔犬”をこの世に呼び出す―メリル・ポップの設定が的確で,スロウ・ペースながら,綿密な描写で徐々に緊迫感を高めていくところは,キングの「十八番」でしょう。SFX映画を彷彿させるクライマックスも「図書館警察」と同様,迫力あるシーンです。

 ところで本書には巻末に,『ランゴリアーズ』の訳者である小尾芙佐,本書の訳者白石朗,そして文藝春秋版のキング作品のカヴァを数多く手がけてきた画家藤田新策の鼎談が収録されています。訳者から見たキング作品,あるいは画家の目を落としてのキング評など,こういった「あとがき」も一風変わっていていいいですね。

98/08/16読了

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