梶尾真治『ゑゐり庵綺譚』徳間文庫 1992年

 他星系へ一瞬にして繋がる特異空間アトランダム・ジャンクションの近傍にあることから,中継ステーションとして栄える惑星ズヴゥフルV。その宇宙空港にある一軒のソバ屋“ゑゐり庵”は,銀河版ミシュラン・ガイドブックで“五つ星”を与えられたほどの美味なソバで有名だった。今日もまた,あらゆる星系から来た客たちが“ゑゐり庵”の暖簾をくぐる・・・

 場末の小さな酒場かなんかを舞台にして,そこを訪れる客たちの姿を通して人間模様を描く,といったタイプの連作短編集はときおり見かけますが,こちらはそのSFヴァージョンというか,カジシン・ヴァージョンです。宇宙空港にソバ屋といったミス・マッチがなんともほほえましいですね。店主アピ・北川の,ちょっと昔風の語り口も味わいがあります(「こさえる」なんて言い回しがなんともなつかしいです)。
 で,設定が設定だけに,訪れる客たちも多種多彩でありまして,おまけにアピ・北川は好奇心旺盛,訳アリ風の客からいろいろと話を聞き出すというフォーマットで各編成り立っています(1編だけ違うテイストの作品がありますが)。その客たちの話も,ユーモアあり,スラプスティクあり,ブラックあり,ホラーあり,ホラ話あり,しんみりせつない話あり,と,ヴァラエティに富んだ内容になっています。なにより,それぞれにきちんとした「オチ」がついているところは,この作者のお話作りの巧さと言えましょう。
 気に入ったエピソードについてコメントします。

「クローン爆撃隊」
 “ゑゐり庵”にやってきた若い兵士7人は,すべて同じ顔をしていた…
 クローンとオリジナルとの相克という,いかにもSF的な設定に,「誰がオリジナルか?」というミステリ的な味付けをすることで,ストーリィを引き締めています。そしてラストのせつないツイストもいいですね。
「仇討ち! ゑゐり庵」
 常連客のチョウは,父親が他星で事故を起こしたことから,命を狙われる羽目に…
 自分の関わりのないところで起こったことが原因で,命を狙われたり,守られたり,と,スラプスティク風の展開が楽しい軽快な作品です。初期設定を生かしたアイロニカルなラストは苦笑させられます。
「チョット眼貴石の報酬」
 田舎の星から,“チョット眼貴石”を売りに来た若者は,思わぬトラブルに巻き込まれ…
 ネタそのものは,SFでなくても,落語などでよく見ることのある「お上りさんネタ」ではありますが,この作品も最後のショートショート風のひねりが巧いですね。
「ニグラグ地獄」
 未開拓の惑星へ植民した若夫婦が遭遇した“地獄”とは…
 ストレートなSFホラーです。日本に古くから伝わる,有名な怪談を換骨奪胎しています。語り手の若者と“それ”との交情シーンは淫靡であるとともに,奇怪でグロテスク,生理的なおぞましさを十二分に引き出しています。
「異空の三本〆」
 技術文明の高度な発達により,他人とコミュニケーションがとれなくなったテクリトス人たちのもとに,奇妙な命令が来て…
 現代の日本社会のパロディのような作品ですが,ブラックになりがちなネタを,すとんときれいに着地させているところは見事です。コミュニケーションのきっかけというのは,きっとこんなたわいのないものから始まるのでしょうね。あるいはまた,高校時代の「文化祭」の高揚感を思い出させもします。本集中,一番楽しめました。
「バツラハム水」
 人類の居住に最適と思われた惑星は,しかし,不思議な“水”のために…
 客たちがさまざまなエピソードを語る,という,このシリーズのフォーマットを生かしつつ,なおかつそれを逆手にとった愉快な作品です。ラストで爆笑してしまいました。

00/05/15読了

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