松尾由美『バルーン・タウンの殺人』ハヤカワ文庫 1994年

 人工子宮(AU)が普及した近未来の日本で,あえて昔ながらの方法で出産を希望する女性が住む街,東京都第七特別区,通称“バルーン・タウン”。その街を舞台に起こった事件に挑む,女性刑事・江田茉莉奈と,彼女の大学の先輩で翻訳家,未婚の母でバルーンタウンに住む暮林美央の活躍を描いた,4編よりなる短編集です。

 結婚しておらず,子どももおらず,ましてや出産しない性に属するわたしにとって,「妊婦」という存在は,いまいちリアリティをもってイメージできません。だから逆に「亀腹」とか「とがり腹」といった“特殊用語”や,臨月が近くなると眉が薄くなる,なんて知識は,なんだか新鮮に聞こえます。以前読んだ,同じ作者の『ジェンダー城の虜』は,設定は奇抜でしたが,内容はまっとうすぎて,今一歩物足りなかったのですが,こちらの作品は,設定と内容が密接にリンクしている分,おもしろく読めました。ただ,先に書いたようにどれだけ具体性をもってイメージできたかは,心もとありませんが。しかしバルーン・タウンの標語「よき器たれ」って,すごいですね。この作品を読んだ女性のご意見をうかがってみたいものです。

「バルーン・タウンの殺人」
 殺人を目撃された妊婦は,バルーン・タウンに逃げ込んだ。「男の刑事より歓迎されそうだ」という理由で,捜査を任された茉莉奈は,妊婦を装ってバルーン・タウンに潜入。ところが,目撃者の証言は,妙に偏っていて・・・。真相はともかく,目撃証言から推理の展開は,なかなかおもしろかったです。人間というのは,やはり見たいものを見るのだな,という感じで。ただ人工子宮が普及するほどの時代に,連絡がファックスというのは,ちょっと違和感ありますね。
「バルーン・タウンの密室」
 毎月行われる「黄金の器コンテスト」に参加した都知事が襲われた。しかし状況は限りなく密室に近い。いったい犯人はどのようにして出入りしたのか。「妊婦探偵」美央と「アンドロイド探偵」ドウエル教授の推理合戦が始まる。ううむ,このトリックと動機は,とてもではありませんが,男性には思いつかないですね。「そうか,そうだったのか」と,感心するというか,戸惑ってしまうというか・・・。
「亀腹同盟」
 「理想的な亀腹の方に高給のアルバイト」,ドイルの「赤毛連盟」そっくりのシチュエーションでアルバイトをはじめた妊婦から相談を受けた美央。つづいて起こる「六つのナポレオンの胸像」ならぬ「六つのよき器の像」事件,そして「踊る妊婦人形」の暗号・・・。ホームズ譚のパロディに終始する不可解な事件の裏にあるものは? 最後の美央のセリフは,なかなか意味深長です。
「なぜ,助産婦に頼まなかったのか?」
 茉莉奈が偶然たちあった老人の心臓発作。彼は死ぬ直前に「なぜ,助産婦に頼まなかったのか?」という言葉を残す。人工子宮全盛の時代,「助産婦」はバルーン・タウンにしかいない。おりから東南アジアの小国・サイラムから,女性首相が出産のためにバルーンタウンに滞在することになり・・・。ダイイングメッセージが,なかなか効いてますね。まったく想像できなかった意味でしたが。というよりも,まったく知識が欠落していたというか。「密室」と同様,「ふうん,そうなのか」という感じです。

97/04/06読了

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