宮部みゆき『あやし』角川文庫 2003年

 ミヤベ流時代物怪談・綺譚,計9編を収録しています。なお単行本時のタイトルは『あやし〜怪〜』ですが,文庫では「〜怪〜」は付いてないようです。

「居眠り心中」
 縁談の決まった若旦那に,手をつけた女中がいたことから…
 特定の手拭いで腕を縛りあっての心中という奇妙な流行,主人公銀次が“見た”若旦那おはるとの心中の光景,大黒屋を襲う悲劇…それぞれの“事件”が,重なるようでいて「ずれ」がある,しかしそれでいながら,なにかしらの「因果」がありそうな…明示されることはないけれど,ちくり,ちくりと読者を刺激するような筋運びは,ずばり岡本綺堂狙いでしょうね。
「影牢」
 三ヶ月前,岡田屋で起こった悲劇の真相は…
 老母に対する,あまりに酷い仕打ち,その復讐譚としての怪談…そんなオーソドクスな展開をベースとしながら,そこにもうひとつ「人の理」と「理外」を重ね合わせることで,ミステリ・タッチのホラーに仕上げるところが,この作者の十八番とするところでしょう。
「布団部屋」
 『七つの怖い扉』所収作品。感想文はそちらに。
「梅の雨降る」
 15年間の病の末に死んだ姉。その発端となったのは…
 主人公が見た姉の“顔”は,本当のことだったのか? そして姉が見,主人公も最後に見た“女の幽霊”は,存在したのか? なによりも姉の病の原因となった“呪い”は,現実化したのか? 怪異に足を踏み入れるのも,人間の妄想と読むのも,ともに読者の側に判断がゆだねられる…それもまた“綺譚”なのでしょう。
「安達家の鬼」
 寝たり起きたりの姑の傍らにいつも居る“もの”。その正体は…
 物語としては,やや冗長な観もありますが,病人や犯罪者を隔離し,押し込めた家,その中で凝り固まって産み出された“鬼”という着想がおもしろいですね。また,その“鬼”を見ることのない主人公に対する姑の評言−「まだ“人”として生きていなかった」−は,暖かい一方でシビアさを失わない,この作者の人間観がよく現れていて,秀逸です。
「女の首」
 太郎が,納戸部屋で見た“女の首”…それに隠された因縁とは…
 「布団部屋」と同様,オーソドクスな因縁譚でありつつ,そこに,サイコさんネタを絡めるところが,この作者の持ち味…とはいえ,ひとつの短編集に同趣向の作品が入っているというのは,ちと興ざめですね。
「時雨鬼」
 奉公先を変えようと,口入れ屋を訪れたお信。彼女がそこで出逢ったのは…
 主人公に“説教”するおつたの正体…途中に挟まれる,とある描写から,「人情怪談かな?」とも思ったのですが,蓋を開けてみれば,怪異でないがゆえに,より一層の凄みのある作品に仕上がっています。また,安易な結末に導かず,主人公の気持ちを宙ぶらりんにしたままでのエンディングもまた,苦みのある余韻があって良いですね。本集中,一番楽しめました。
「灰神楽」
 下駄屋で起きた刃傷沙汰。その原因は…
 火鉢と灰神楽と刃傷沙汰…それぞれが関係していることは示されても,「どのように関係するか」はいっさい描かれていない…この作品も,岡本綺堂を連想させるテイストですね。憑依された女中が,岡っ引きの政五郎に対して,「おまえは人を殺した」と告げるところは,いかにも「魔」の雰囲気が出ています。
「蜆塚」
 亡父の碁友達が,米介に語った奇妙な経験とは…
 日本では,「不死者」の話は,せいぜい八百比丘尼くらいで,あまり聞きません。そのせいか,舞台こそ時代劇ですが,どこかヨーロピアンな雰囲気を感じてしまうのは,わたしだけでしょうか? 市井に潜む「不死者」という不気味さを,主人公を「口入れ屋」に設定することで,上手に浮かび上がらせていますね。

03/05/09読了

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