辻真先『アリスの国の殺人』双葉文庫 1997年

 童話の編集者をめざして幻想館に就職した綿畑克二は,同社が新しく出すコミック誌『コミカ』の編集部に回され腐っていた。そんなとき,『コミカ』の鬼編集長・明野重治郎が殺害された! 一方,ストレスがたまる一方の克二の頭の中では,アリスと克二との結婚式が執り行われようとしていたのだが,チェシャ猫が密室の中で殺される事件が起こり・・・。

 双葉文庫のシリーズ「日本推理作家協会賞受賞作全集」の中の1冊で,1982年第35回の受賞作です。帯には「現代メタ・ミステリの先駆け的意欲作」とうたわれていますが,あまり「メタミス」という感じはしませんでしたね。

 物語は,“ワンダーランド”で起こる“チェシャ猫密室殺人事件”を追いかけるローマ数字の「第I章」から「第V章」と,『コミカ』編集長・明野重治郎殺害事件を追う,アラビア数字の「第1章」から「第4章」という,ふたつの流れが交互に描かれていきます。
 “ワンダーランド”の事件は,『不思議の国のアリス』の世界をベースにしながら,『オズの魔法使い』やら,ニャロメやら,ヒゲオヤジこと伴俊作やら,鉄人28号やらが入り乱れる,なんとも奇想天外な世界です。『アリス』に出てくるような,ナンセンスな言葉遊びやダジャレをふんだんに持ち込んだ筋運びは,一見スラプスティック風ではありますが,“チェシャ猫密室殺人事件”は,いちおう“現実”と同じ“理”のなかで解決されます(ということにしておきましょう。西澤保彦の作品が受ける今日この頃ですから(笑))。
 一方,“明野重治郎殺害事件”の方は,なぜ明野重治郎は殺されたのか? 明野が軽井沢の別荘で会う約束をしていたのは誰か? 関係者にはアリバイがあるのだが? といった感じで,アリバイ崩し&動機探しがメインになります。こちらは,“ワンダーランド”との対照を鮮やかにするためでしょうか,これでもか,というくらいに,スノッブな欲望や錯綜する人間関係が描かれていきます。

 そして“明野重治郎殺害事件”が明らかにされ,克二の前に“現実”がその姿を現すとき,ふたつのストーリィは融合します。その融合は,“ワンダーランド”による“現実”の告発のようにも思えますし,また“ワンダーランド”の復権を唱えているようにも思えます。
 しかし,「こういう形」でしか融合できなかったことは,あまりに哀しくせつないものです。うがった見方をしてしまえば,「メタミスの先駆け」ではあっても「メタミス」になりきれなかった作者の,よくいえばバランス感覚,悪くいえば俗っぽさによるものなのかもしれません。

 ところで,作品中に「吾妻ひでお」が出てきます。そのときの紹介文は,
「しぶとく可憐な女の子が清純でグロテスクで場当たりでねりあげられたセンス・オブ・ワンダーいっぱいのナンセンスを熱演する作風」
というものです。
 う〜む,『アリス』の世界だ(笑)・・・・・(あ,そこの『アリス』ファンの人,石を投げないでください)

98/02/16読了

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