村田基『愛の衝撃』ハヤカワ文庫 1992年

 11編を収録した短編集です。表題に選ばれた作品のタイトルからもわかりますように,「愛」,というか「男女関係」をモチーフにした作品が多いようです。「ストレンジ・ラヴ・ストーリィ」とでも言いましょうか。

 たとえば「愛しているといってほしい」では,ある意味,平凡な夫婦の破局が描かれています。最初,妻のモノローグから「不実な夫」の姿が浮かび上がりながら,後半では,むしろ妻の側の狂気がじわりじわりとにじみ出てきます。そして両者の,ひとつの「言葉」をめぐって増幅されていく憎悪と破局が,淡々としたタッチで描かれています。また「眠り目の女」では,醜い女を騙すことに快楽を覚える,精神的なサディストが陥る皮肉な結末が描かれています。この「眠り目の女」を「無垢」と呼んでいいのかどうかは判じかねますが,ときに悪意に対抗する,もっとも大きな力になるのは,こういった精神構造なのかもしれません。
 「愛のパラダイス」は,テレビでよくある「恋愛ゲーム番組」を肥大化させたような世界が舞台です。この手のグロテスク化は,この作者のお得意のパターンのひとつですが,後味がちょっと悪すぎますね。「闇の中の告白」は,酔った勢いで娼婦を買った男が,翌朝,二日酔いの頭を抱えながら女の身の上話を聞くというシチュエーション。女の話す内容が,本当なのかどうか,という曖昧さが,作品に奇妙な味を与えています。
 愛した女性が不治の病に罹っていたという「夏の少女」は,一昔前の「悲恋もの」みたいな設定のパロディのように思えます。「病」が持つ,避けようのない醜さを,「悲劇」というベールで覆い隠すことなく,前面に押し出している点が特色です。しかし,やはり淡々とした文体のせいでしょうか,さほど気持ち悪い印象を受けません。むしろ,グロテスクながら,ラスト・シーンは上質な恋愛小説のような手触りさえあります。表題作「愛の衝撃」は,家族から娘が冷たい仕打ちを受ける理由は・・・というお話。なんだかサディストの自己弁護のようにも読めますが(笑),「やさしさアレルギィ」という,毒っ気たっぷりの奇想が楽しめる作品です。
 ただなんとなく,この作者の「女性不信」が鼻につくところもありますね^^;;

 「男女関係」以外の作品もいくつか収録されています。わたしが一番のお気に入りは「黒い猿」です。主人公が,ときおり人間が「黒い猿」に見えてしまうという,それだけといえばそれだけの作品なのですが,「なぜ黒い猿が見えるのか?」「黒い猿とは何なのか?」ということがいっさい描かれることがなく,ただただ主人公の感じている「恐怖一歩手前の不安」が,じんわりと伝わってくるところがいいですね。
 また「都市に棲む獣」は,空き家の縁の下で発見された動物の死体の「犯人」は・・・という内容。絶望にも似た,べっとりとした「都会の闇」が描かれています。「自然」は野生の「獣」を生み出しましたが,自然なき都会もまた新たな「獣」を生み出すのかもしれません。

 このほか,平凡な住宅街に突如避雷針があちこちで立てられるようになるという「避雷針のある町」,朝起きると「世界」のありとあらゆる法則が狂っていたという「不安な朝」,理想的なプロポーションをしている女に隠された秘密を描いた「人形のような女」などが収録されています。

01/10/12読了

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