森雅裕『会津残鉄風』集英社文庫 1999年

 幕末を舞台とした,5編よりなる連作短編集です。各編それぞれにミステリ的な謎が配されており,一編一編で楽しめつつ,また各編の主人公がリレー方式に変わっていく―前の短編での脇役が次の短編で主人公になる―形式をとっていて,全体としてもひとつの「世界」を作り上げています。そこで描かれる「世界」とは,激動動乱の幕末という時代を「不器用に」生きていこうとする男女の生き様と言い換えることもできるでしょう。

 最初のエピソード「会津残鉄風」の舞台は,タイトル通り,会津です。老金工河野春明に元にもたらされた寸分違わぬふたつの刀の鐔。かつて春明が造ったものであるが,どちらかが偽物のはず。いったいふたつの鐔の背後にはなにが隠されているのか?というお話。一筋縄でいかない老獪さを持ちながら,どこか飄々とした感のある春明のキャラクタが憎めません。刀で斬って真贋を判別するというけれん味も楽しいですね。
 つづく「妖刀愁訴」の舞台は京都,主人公は前作で,春明の元に鐔を持ち込んだ刀工古川友弥,十一代兼定。彼の作った刀がつぎつぎと人死にを招き,「妖刀」との噂が流れる。しかしてその真相とは・・・という内容。会津に潜む勤王派の密偵騒動を絡めた本作品は,集中,一番ミステリ色の濃いのではないかと思います。
 3編目「風色流光」は,世に言う唐人お吉に命を狙われた会津藩士佐川官兵衛が,歴史上有名な坂本龍馬暗殺事件に隠された謎に挑みます。といっても,いわゆる「歴史ミステリ」ではなく,むしろ官兵衛と因縁深い小田黄一郎との対決を描いた「時代劇」的な色彩が強いです。のちに「鬼官」として恐れられる官兵衛と,性格破綻者である小田とのコントラストが鮮やかで,またラストでの対決シーンは迫力と緊張感にあふれています。
 「開戦前夜」は,唐人お吉が,戊辰戦争直前の伏見でたまたま同宿となった妊婦の秘密を知ることになる,というストーリィ。一触即発の薩摩軍と幕府軍という緊迫した状況を背景に,哀しい男女の悲恋を描き出しています。誤解され,蔑視されたお吉というキャラクタが,その哀しさをより一層深いものにしているように思います。それにしても「唐人お吉」の真相は,こういうことだったのですね,驚きました。
 最後を飾る「北の秘宝」の主人公は,ご存じ新選組の副隊長土方歳三であります。舞台は彼の死地函館です。土方を訪れた祥子という女は,松前藩がはるか昔に隠した財宝の地図を探してほしいと,彼に依頼し・・・というお話です。函館戦争において,幹部での戦死者は,わずか土方ひとりだけだったという話を聞いたことがあります。函館側の幹部はほとんど生き残り,総大将榎本武陽にいたっては,のちに明治政府で出世していきます。そういった意味で,土方という男は,まさに不器用を絵に描いたような人物だったのかもしれません。不器用なりに時代と向き合い,自分自身―侍としての自分―を貫いた男だったのかもしれません。刀をめぐる謎から始まったこの物語が,土方歳三をもって幕を引くのは,まさに「刀の時代=武士の時代の終焉」を描き出すためだったのかもしれません。

99/11/13読了

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