山下和美『天才柳沢教授の生活』12巻 講談社 1998年

 マンガを読んでいて,「どきり」とする印象的なシーンに出くわすときがあります。必ずしもクライマックス・シーンであったり,ショッキングなシーン,大ゴマというわけではないけれど,のちのちまで(ストーリィ自体は忘れてしまっても)そのシーンだけは心に残るようなことがあります。おそらく映画やTVよりも,マンガが「静止画像」であるがゆえに,より一層,ひとつのシーンの持つインパクトが強いのかもしれません。

 本巻所収の「第108話 海の見える丘にて」に出てくるワン・シーンは,そんなシーンのひとつかもしれません。
 このエピソードは,教授の父親である康則―教授と血がつながっているとは思えない,徹底した英国趣味の少々エキセントリックな父親―が,30歳以上年下のイギリス人女性・エリザベスと再婚したという内容です。ふたりの新居を訪れた教授は,そこで康則の前妻,つまり教授の母親・弥生のことを考えずにはいられないエリザベスの姿を見ます。エリザベスと康則とは,彼女が少女の頃からの知り合いで,エリザベスは弥生やその家族の写真を,プレゼントとしてもらっています。
 そんな少女の頃のエリザベスが,自分の写真と弥生の写真―桜をバックにほほえむ弥生―を見比べ,自分の両頬を両掌でぐいと押さえつけるシーンが出てきます。エリザベスの少女らしい,ちょっと垂れがちの瞳,対照的に弥生のすっと切れ上がった瞳。エリザベスは自分の幼い瞳を,弥生の瞳のごとくしようと頬を押し上げるのです。
 セリフも説明もいっさいないシーン・・・・にもかかわらず,少女のエリザベスの康則に対する恋心がじつに鮮明に表されている一場面です。それとともに,彼女の哀しみ―自分が弥生にくらべ,あまりに幼い少女であることの哀しみ―が,読者に「じん」と伝わってくるシーンではないかと思います。
 さらにその哀しみは,結婚した現在でも感じざるをえない弥生の影に対する哀しみとシンクロします。
「だから私は・・・・ここで桜を見て思ったの。わたしは弥生さんにはなれないって」

 しかしそんなエリザベスの思いを,康則のセリフが昇華させます。
「私はただ美しいものを君に見せたかったんだ。桜の似合う女になってほしかったんじゃない。だって君は弥生の代わりではないんだ。誰も弥生の代わりになんかなれない。そして誰も君のかわりになんかなれない」
 弥生と自分とをくらべ,瞳をぐいっと引き上げようとしていた少女エリザベス,そんな記憶を引きずる今のエリザベス,彼女の思いは,「どこもかしこもうすピンク色に染まっていく」春の空へと高く昇っていき,そして静かに消えていったのかもしれません。

 あらためてこの作者の表現者としてのすごさを感じ入った一編でした。

98/10/22

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