伊藤潤二『うずまき』3巻 小学館 1999年

 「うずまきに呪われた町・黒渦町」を舞台にした連作短編集という体裁の本作品は,第3巻にいたって,大きくその姿を変えます。
 前巻で,奇怪な台風1号に襲われた黒渦町には,さらに2号,3号・・・6号と,たてつづけに台風が上陸,壊滅的な被害を受け,外部から完全に孤立。外から入る者は町に囚われ,外に逃げようとする者は永遠の迷宮を彷徨う・・・そして町と住民はしだいに異形へと変貌していき・・・と物語は展開していきます。
 この作者の作品の魅力のひとつに,その異形をめぐる「奇想」にあります。この巻で描かれる異形もまた,「うずまき」をメイン・モチーフとしながら,さまざまな形で,その奇想が開花しています。たとえば,孤立した黒渦町では,人の吐く息,激しい動きが「うずまき」を呼び起こし,竜巻を巻き起こします。それをさながら「いたずら」のごとく吹き,街を破壊していく子どもたちの姿は,まさにこの作者の真骨頂といった感があります(この作者の作品には,異形の子どもたちがしばしば取り上げられていますね。あの「白目」が怖いです)。また,その延長である「蝶(バタフライ)族」もまた,その奇想のエスカレートした姿と言えましょう。

 この作品は,その一方で,これまでの伊藤作品とはやや異なる部分も併せ持っているように思います。それは「ストーリィ性」です。1巻,2巻で描かれてきたさまざまなグロテスクな「うずまき」は,本巻のカタストロフへ向かう過程に取り込まれていきます。第2巻に出てきた「ヒトマイマイ」は,本巻で,孤立した街での貴重な(そして美味な)食料として焼かれ喰われ,狂っていく人々の心のおぞましさを表現しています。また街のあちこちに残る「古い長屋」は,最後に明かされる街をめぐる“真相”に深く結びついています(長屋の中で,身体を絡ませた人間たちの造形はグロテスクの極みでオゾオゾさせられます)。そして,「黒渦町」の隠された秘密が明らかにされるラスト・シーンは,伊藤版「ロミオとジュリエット」であった第1巻の「第5話 ねじれた人々」のエンディング・シーンとオーヴァ・ラップします。
 いわば,これまでの「うずまき」が,新たなストーリィ展開の中に取り込まれ,絡み合わされ,最後の崩壊へと導かれていくわけです。このような作品の作り方は,この作者としてははじめての試みではないかと思います。つまり「アイディア」から「ストーリィ」へと作品作りがシフトしていく可能性を秘めています。そういった意味で,本作品は,この作者の新しい「顔」を見せてくれたとも言えます。

 ただちょっと不満もないわけではなく,それはキャラクタ作りとでも言いましょうか,主人公の五島桐絵や,彼女のボーイフレンド秀一などが,いまひとつ生彩に欠けていたようなうらみがあります。とくに秀一は,結局ブツブツつぶやいているだけで終わってしまっている感がありますし(笑)。もう少し,街の“真実”をめぐって彼を積極的に動かしてほしかったと思ってしまうのは,わたしがミステリ好みのせいでしょうか?

99/12/25

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