伊藤潤二『うずまき』1巻 小学館 1998年

 私の生まれ育った黒渦町・・・
 これからお話しするのは・・・
 この町で起こった奇妙な話の数々です・・・

 ヒロイン五島桐絵の,そんなモノローグではじまるこの物語は,「うずまき」にとり憑かれ,翻弄され,破滅していく人々を描いた連作短編集です。
 最初のエピソードは,「第1・2話 うずまきマニア」。桐絵のボーイフレンド斎藤秀一の父親は,「うずまき」のコレクタ,仕事を休み,一日中部屋にこもって,うずまきを眺め暮らす毎日。そしてついにみずからも・・・,というお話。
 この作者の作品は,登場人物たちの心が壊れていくとともに,躰もまた壊れていく様子が,独特の陰影深いタッチで描かれるのが,特色のひとつだと思います。秀一の父親が,うずまき蒐集の果てに,みずからもうずまきと化してしまう見開きのシーンは,なんともグロテスクです。それが特注の木桶の中,というところが,どこかブラック・ユーモアな雰囲気もあり,グロテスクさをより際だたせているように思います。そして父親の死後,渦巻く火葬場の煙を見ながら発狂する母親,「うずまきになりたくない」と叫びながら,おのれの躰を破壊していく彼女の姿もまた,視覚的なグロテスクさとはひと味違う不気味さが漂います(ちなみに現在では,こんな風に黒煙をあげるような火葬場は,実際にはほとんどないそうです)。
 「第3話 傷」では,子どもの頃に負った額の傷が,黒渦町の邪気に触れ,うずまきへと変わってしまう少女の悲劇を描いています。自分の魅力に振り向かない秀一に向けられる彼女の執念こそが,額のうずまきを成長させる糧だったのかもしれません。そして執念=うずまきは,彼女自身さえも貪り尽くしてしまうのでしょう。顔半分を占めた「うずまき」に飲み込まれていく眼球のシーンは,じつに怖いです。
 「第4話 窯変」では,陶芸家である,桐絵の父親がうずまきに魅入られます。なぜか火葬場の黒煙が流れ込む「トンボ池」の土を使って陶器を焼くと,奇妙な形に焼き上がり・・・というストーリィ。「お父さんは,全然,懲りていないようです」という一文に,どこか「ほっ」とさせられるところがあります(それはそれで,ちょっと怖いですが^^;;)。
 「第5話 ねじれた人々」は,反発しあうふたつの家の少年と少女が恋に落ち,という伊藤潤二版「ロミオとジュリエット」。もちろんこの作者のことですから,まっとうなラヴ・ロマンスではありません(笑)。うずまきの躰となって絡み合い,永遠に離れることのないふたりとなったラストは,ハッピィ・エンドなのでしょうか?
 「第6話 巻髪」,「うずまき」の影響を受けた町の人々は,しだいに「目立ちたがり屋」になっていく,うずまきの持つ「人を引き込む力」を求めるかのように・・・。このエピソードでは桐絵の髪の毛が「うずまき」のように巻き上がり,彼女の生気を吸いつつ,周りの人間を催眠術のごとく魅了していくという設定なのですが,どうも彼女の髪の毛が,山菜の「ぜんまい」そっくりで,つい笑ってしまい,あんまり怖くありません(笑)。髪の毛が意志を持つという話では,「天井裏の長い髪」の方が怖かったです。

 ところでこの作者,カラーページが,ずいぶん上手になりましたね。表紙の桐絵などは,「ぞくり」とくるものがあります(「富江」より美人かも?(笑))。

98/09/11

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