御茶漬海苔『TVO』全3巻 小学館 1989・1990年

 全3巻,32話(31エピソード)からなるホラー短編集です。

 1980年代のブームで登場したホラー・コミックの作家さんは数多くおられますが,本シリーズの作者・御茶漬海苔(それにしても,人を喰ったペンネームだ)は,スプラッタ・ホラーの描き手としては,1,2位を争う作家さんだと思います。血はしぶき,肉は飛び散り,どろどろのぐちゃぐちゃ,とにかく読んでいて眼を思わずそむけてしまうような残虐シーンのオンパレードです。

 しかしこの人の描く“怖さ”というのは,そういったスプラッタだけではないように思います。読んでいて“痛々しい”のです。それはスプラッタの“痛さ”ではなく,出てくる登場人物が,いずれも“逃げ場がない”というか,ラストも“救いがない”というか,そんな“痛々しさ”です。
 とくにこの人は,中学生や高校生を主人公にすえることが多いのですが,彼らは,家庭にも,学校にも,まったく逃げ場がありません。家では母親が「勉強しろ,勉強しろ」と口やかましくののしり,学校では教師たちの暴力に怯え,クラスメートの“しかと”に耐える。たとえ,ファミコンやゲームに逃げ込んでも,そこは袋小路,デッド・エンドでしかありません。

 そのことは,彼らの勉強部屋の描写に如実に表れているように思います。彼らの部屋は,いずれも細長く,狭く,その奥の壁に勉強机が置かれています。彼らはこちらに背を向け,すべてを拒絶するかのように,勉強机に向かっています。勉強机の向こうには窓がありますが,その窓の外からは,彼らを苛立たせる雑音しか入ってきません。“逃げ場のない”彼らの心象風景そのもののような部屋です。
 彼らが,そこから脱出できる唯一の方法は,“狂気”であり,“他者への攻撃”です。狂うこと,攻撃することによってしか,その“部屋”から外へ出ていけない子どもたち,そのような形でしか他者とコミュニケートできない登場人物たち,それを見せつけられるのは,“怖い”というより“不安”ですし,また“痛々しい”ものがあります。

 しかし,年を食って,“人並みに”社会生活を送れるようになっても,自分自身の心の奥底には,そんな狭い勉強部屋で,“世界”に背を向けている自分が,いまも息づいているのではないか,狂気という形で,その部屋から飛び出ようとしている自分がいるのではないか,そんな“怖さ”が,一番怖いのかもしれません。

 お気に入りのエピソードは「ジジイじゃない」(1巻),「あいしているよ」(2巻),「メルトダウン」「うわさ包囲網」「死1」(3巻)といったところです。

98/02/08

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