高橋亮子『つらいぜ! ボクちゃん』全3巻 双葉文庫 1998年

 田島望は,自分のことを“ボク”と呼ぶ,ちょっと風変わりな女子高生。将来の夢は,ドサ廻りの旅芸人になること。憧れの人は,担任の辻先生。ところが一歳年下の渡くんから,突然「好きです!」と告白され・・・。

 うっうっ(T_T),高橋亮子の初期作品が,ついに,というか,ようやく,というか,やっと,というか,文庫化されました。この日をどれだけ待ったことでしょう(<ちょっと大げさ,でも本音に近い)。彼女の作品が,本屋の店頭から姿を消してずいぶんと経ちます。『しっかり!長男』『がんばれ!転校生』『坂道のぼれ!』『水平線をめざせ!』,そして『道子』・・・。彼女の作品はまだまだたくさんありますので,これをきっかけに,どんどん復刻してほしいものです。

 で,今回の文庫化を心底喜んでいるのですが,かなり思い入れの深い作品だっただけに,いざ感想を書こうとすると,じつのところなかなか書けません。
 彼女の作品に登場するキャラクタはいずれも真摯です。見ていて痛々しくなるほど,哀しいほど真摯です。ときには誤解され,ときには傷つけられ,ときには非難されながらも,自分の道,自分の夢に対して誠実です。リアルタイムで読んだときは,まさにそんな主人公たちの姿に,憧れ,共鳴し,感銘を受けました。
 今回読み返してみて,そんな“過去の自分”がまざまざと思い出されます。作品自体は,過去も今も変わりません。しかし作品に対する“自分”の方が変わってしまっている。ですから懐かしい作品というのは,それを読んだ“過去の自分”というフィルタを通してしか,見ることができません。思い入れがてんこ盛りな作品であればあるほど,そんな傾向が強いようです。
 ですからこの作品(さらに他の高橋作品)について語ろうとすると,それは作品そのものについて語るのではなく,“過去の自分”について語ることになってしまいます。これはけっこう恥ずかしく,つらいものがあります(なにしろ,「若い頃はよかった」なぞと口が裂けても言いたくない,ひねくれた性格なもんで(笑))。
 そこで開き直って,リアルタイムで読んだときには感じなかった,「おじさん」の眼で,今回読んだ感想を書きたいと思います。

 この作品は,コメディという体裁をとり,また「若い恋」を描いていますが,男女関係をめぐるかなり普遍的なテーマを含んでいるのではないかと思います。それはなにかというと,
「好きな人には好きな道を歩いてほしい。たとえ自分の元を離れることになっても。ということを,人は素直に受け入れることができるかどうか」
ということだと思います。
 望の恋人,渡が事故で入院した際,望は演劇部の舞台へと向かいます。そんな彼女を,渡の幼なじみ・かおりは,「こんな時に,あなたは役を演ずることができるの!? なにもかも忘れて」となじります。かおるにとって,恋人を愛するということは,自分を無くして,恋人そのものを夢とすることです。ですから,怪我を負った恋人をおいて,舞台に向かう望の姿は,彼女の目からすれば「不実」なものとして映るのでしょう。
 一方,渡も,望に役者としての道を歩むことを奨めながらも,彼女が自分のそばから離れていくことに苦しい思いをします。
 先に書いた「好きな人には好きな道を・・・」ということは,たしかにきれいな,耳触りのいい言葉です。そんな場面に立ち会うことがなければ,いくらでも言うことはできるでしょう。しかし,本当にそんな選択を迫られたとき,はたして人は(少なくとも自分は),こんなセリフを受け入れることができるか,なかなか難しいものだと思います(受け入れざるを得ない,という場合もありますが<なにかあったらしい(笑))。
 この作品は,そんなシビアな男女関係をも描いているのだなぁ,などと今回読み返してみて,思いました。

98/04/22

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