とり・みき『遠くへいきたい』河出書房新社 1997年

 第41回文春漫画賞受賞作だそうです。セリフがいっさいない,「無声映画」ならぬ「無声漫画」です。おまけに1話1話が1ページよりなる「9コママンガ」です。帯に「できるだけゆっくりお読みください」と書いてありますように,マンガというより絵本のような趣のある作品です。

 で,内容はというと,ひたすら「ナンセンス」です。意味も理由も原因も起承転結もなにも描かれず,もちろんメッセージのかけらもない(と思います,ご異論がある方もおられるかもしれませんが。ただメッセージを伝えないことの方が,伝えることよりも,はるかに困難な場合もあり,とり・みきはそれができる作家だと思っています)。
 主人公は,これまたこの作者の常連キャラクター「たきたくん」でして,彼が9コマの中で奇妙な事件(?)に遭遇したり,わけのわからない行動をします。彼はただただ無表情で(ときおり汗をかきますが),主人公でありながら,一種の傍観者のような感じです。
 ある意味でこの「傍観者性」というのは,作者自身の立場のようにも思えます。路上観察学会ではありませんが,とり・みきというのは常に観察者であって,観察の結果を淡々と,あるいは傍観者としての立場から冷静に描く,という印象があります(『愛のさかあがり』なんかが,その代表的なものなのかもしれません)。そしてその観察結果をさらりとさし出し,爆笑ではなく,苦笑や含み笑いを誘うのが,この作者の真骨頂なのでしょう。
 もっとも『山の音』や『トマソンの罠』に見られるような「物語志向」というのも持ち合わせているようですので,それがすべてだというつもりは毛頭ありません。限りなくナンセンスへと向かう側面(“物語”の解体)と物語志向との同居という一風変わった個性を持った作家なのではないでしょうか? 個人的にはどちらの志向性も好きです。

 小説にしろ,コミックにしろ,物語に疲れたとき,ふと読み返したくなるような,そんな気分にさせる不思議な作品です。

97/05/30

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