山岸凉子『舞姫 テレプシコーラ』1巻 メディア・ファクトリー 2001年

 「踊りたい人がバレエを踊るのじゃなくて,選ばれた者のみが踊れるのがバレエなのよ」(本書より)

 バレエ教室を開く母を持つ小学6年生・篠原六花の教室に,ひとりの転校生が転入してきた。彼女の名前は須藤空美。その容貌と暗い気質から,空美は同級生にいじめられる存在となる。そんな彼女にとってバレエだけが唯一の楽しみだった。一方,六花は,自分の身体がバレエに向いていないことを知り,幼い頃から習っていたバレエをあきらめようとするが・・・

 この作者は,ひさしぶりに「息の長い作品」(それこそ『日出処天子』級の)を描こうとしているのではないか−そんな予感を抱かせる作品です。それも,かつての名作『アラベスク』と同様,バレエを素材としている点,じつに楽しみな作品ですね。掲載誌は,『ダ・ヴィンチ』という,いわゆる「マンガ雑誌」でないようです。編集の側からも「息の長い」理解とサポートを望みたいところです。

 さて作者は,物語のはじまりにあたって,ふたりの少女を造形します。ひとりは篠原六花。バレエ教師の母を持ち,また1歳年上の姉千花も,六花よりもバレエ・ダンサーとしての才能を持っています。さらに六花は,股関節の構造から180°の開脚が難しいという,バレエ・ダンサーとしての決定的なハンディを負っています。明確には語られていませんが,いわば「醜いアヒルの子」とも言えましょう。
 もうひとりは須藤空美。男の子と間違えられるような容貌の彼女は,働こうとしないアル中気味の父親を持つ貧しい家庭で育ちます。ただ父親の姉美智子は,かつてバレエ・ダンサーとして活躍した履歴を持つようで,空美に厳しいレッスン(?)を施します。彼女の醜い容貌と,リアリスティックな「貧しさ」の表現は,かなり衝撃的です。それは『ダ・ヴィンチ』という掲載誌の性格もあるかと思いますが,それ以上に,この作者が積み上げてきた実績によるところも大きいのではないかと思います。つまり,こういったキャラクタを主人公として設定した作品を描きうる,発表できるのは,作者の実績があるからこそなのでしょう。

 おそらくこのふたりの「ライヴァル関係」を基軸としながら,物語は展開していくことと思います。そこに六花の姉・千花がどのように関わるのか,と言う点もポイントになるでしょう。しかしそれ以上に,本作品で重点となるのが,彼女ふたりの共通点にあると思います。このふたりの共通点−それは言うまでもなく「ハンディ」を背負ってことです。六花は,身体上の構造(とそれにともなう劣等感),空美は容貌と貧しさです。つまり,彼女たちがバレエ・ダンサーとしての道を歩みだそうとするとき,それぞれの「ハンディ」との対決もまた,大きなテーマになることは間違いないでしょう。

 有名なプリマが180°の開脚ができないことを教えてもらった六花は,ふたたびバレエのレッスンをはじめます。一方,困難な境遇の中,黙々とトレーニングを続ける空美。ふたりの少女にどのうような運命が待ち受けているのか? 読者にも「息の長い」姿勢が求められるのかもしれません。

01/07/10

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