曽田正人『昴 スバル』4・5巻 小学館 2001年

 「すばるちゃんがいちばんじょうずだったよ。すばるちゃんが一等賞だ!!」(5巻より)

 プロへの登竜門・ローザンヌ国際バレエコンクールへ出場することになったすばる。すばるを愛弟子の「当て馬」にしようとする振り付け師イワン・ゴーリーキーの真意を知りながらも,彼女は彼のトレーニングから,自分の必要なものを引き出そうとする。そして順調に勝ち進むすばるの元に,決勝前夜,五十鈴の訃報が告げられる。疲労と哀しみの極に達した彼女が,舞台で見せた「踊り」とは・・・

 バレエだけでなく,すべての「踊り」は,肉体の動きです。また,バックに流れる音楽も,おそらく重要なファクタでしょう。しかし,マンガで「踊り」を描こうとするとき,それら「踊り」の基本属性はまったく用いることができません。そんな本質的とも言える「縛り」の中で,いかにして「踊り」を描き出すか,そこに作画者の力量が問われるのでしょう。
 わたしは,以前にも書きましたが,本作品第1巻で描かれた,すばるが,はじめてダンスの楽しみを実感するシーンが好きです。作者は,フロアから跳んだ彼女の前に「幻の壁」を描き,そして彼女にそれを突き破らせることによって,より広い空間=新しい世界へと第一歩を踏み出す少女の姿を,ダイナミックに,シンボリックに描き出しています。それはまさにマンガだからこそできる表現といえましょう。
 第5巻において,ローザンヌ国際バレエコンクールの決勝戦で踊るすばるが描かれます。さながら無重力空間で踊るかのような「クラシック」,逆に重力の桎梏に捕らわれながら,そこからの脱出を表現した「コンテンポラリー」,そして純粋な「ダンスを求める心」としての「フリー・ヴァリエーション」。作者は,それぞれのダンスを,さまざまなマンガ的表現を駆使しながら描きますが,そのうち「コンテンポラリー」の描き方が出色です。フロアから伸びた無数の「手」が,踊ろうとするすばるの身体にまとわりつきます。もちろんこれは彼女が幻視したものではありますが,作者はその表現によって,彼女の踊りが表そうとする「重力」を見事に描出しています。また真っ黒なバックの中にうずくまりそうになるすばるの姿もまた,同様の表現といえましょうし,彼女の踊りを,唇を噛みしめ,掌を握って見つめる観客を挿入することで,緊迫感あるシーンを展開させています。彼女を見つめるザックの,せつないまでの,それこそ手の届かない恋人を見るような表情も効果的です。
 つまりマンガでは描き得ない肉体の動きを,マンガでしか描けない表現方法を用いて,じつに上手に浮かび上がらせていると言えます。

 さて熱に浮かされたすばるは,フリー・ヴァリエーションを踊りきった直後,客席の中に,五十鈴と弟和馬の姿を見ます。そして,冒頭に掲げた和馬の賞賛の言葉を聞きます。踊ることを「罪」と考え,にもかかわらず踊らずにはいられない彼女にとって,和馬のつたないがゆえに真摯な言葉こそ,彼女の「呪縛」からの解放を象徴しているのでしょう。そして和馬のそんな言葉に励まされながら,ひとりのダンサーとしての彼女の人生が始まるのかもしれません。
 どうやら次巻以降,舞台はニューヨークに移るようです。プロフェッショナル・ダンサーとしての彼女がいかなる道を歩むのか。まだまだ目を離せない作品です。

01/06/12

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