曽田正人『昴 スバル』1巻 小学館 2000年

 不治の病に冒された弟のために,ベッドの傍らで踊る少女。しかし,彼女が踊りの楽しみを知ったとき,弟は死んでしまう。弟への負い目を抱えながら,踊りへの渇望が押さえきれない彼女は,ダンサーへの道を歩み始める。彼女の名前はスバル――宮本すばる。

 たとえば山岸凉子『アラベスク』,たとえば有吉京子『SWAN』,たとえば槇村さとる『ダンシング・ゼネレーション』『N・Yバード』・・・・そう,「バレエ・マンガ」「ダンス・マンガ」といえば,少女マンガの専売特許,独壇場ともいえるものでした。しかし近年,少女マンガ誌,少年マンガ誌,青年マンガ誌の間にあった垣根はどんどん低くなり,ジャンル間の相互浸透が進んでいます。この作品もまた,そんな大きな流れのひとつなのかもしれません。

 この作者の代表作『め組の大吾』の主人公朝比奈大吾は消防士です。彼は,大火災の中,大災害の中でのレスキュー活動に,みずからの生きがいを見いだします。彼にとって消防士は天職です。しかし自分が「生きている」と実感できる大火災,大災害とは,その渦中に巻き込まれた人々にとっては災厄以外の何物でもありません。それゆえ,大吾は,自分が生きる場が他人の不幸の中にしかない,と苦悩します。
 一方,本編の主人公宮本すばるは,いまだその全貌を表してはいないとはいえ,天才的ダンサーとして設定されています。しかし,彼女とダンスとの出会いはけっして幸せなものではありません。病床の双子の弟和馬のために,その日の出来事を「踊る」ことで,彼女は知らず知らずのうちに,跳躍力,表現力を身につけていきます。また,病室の前で「和馬は今日こそ死んでしまうかもしれない」という不安が,彼女に「舞台度胸」を持たせる皮肉な結果となります。さらにすばるが踊っているときに――彼女が和馬のことを忘れて楽しんでいるときに,彼の容態が悪化し,死んでしまったという事実が,彼女に,「踊る」ことに対するきわめて複雑な想いを持たせることになります。
 つまりすばるにとって「ダンス」とは,楽しいことであり,心の,身体の奥底から感じる渇望の対象であるとともに,「弟の死」を思い起こさざるをえない暗い過去であり,また「負い目」でもあるという,アンビヴァレンツな存在なのでしょう。それは,上に書いたような,朝比奈大吾の「生きがい」と「他人の不幸」の結びつきによって生じる苦悩と相響き合うものがあるように思います。
 しかし,大吾にとってレスキュー活動が「人々を救出する」という「救い」があったのと同様に,すばるにもまた「救い」がある可能性があります。それは,弟の葬儀の日に知り合った振り付け師の言葉――「和馬はすばるに踊りを残した」という言葉なのかもしれません。
 彼女がダンサーとして,どのような道を歩んでいくのか? これからが楽しみな作品です。

 ところで,すばるが友人の母親が経営するバレエ教室ではじめて踊るシーン,目の前に病室の壁が現れ,それを突き抜けることで,はじめて踊りの楽しさを実感するシーンは,秀逸ですね。

00/07/12

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