池上遼一(原作:平井和正)『スパイダーマン』3・4・5巻 MF文庫 2002年

 3巻以後の本作品は,平井和正が原作となります。そこらへんの事情は,5巻末の池上遼一インタビューで語られています(この件について,掲示板にて,わんだらさん@書庫の彷徨人に,いろいろとご教示いただきました。その節は,ありがとうございました(_○_))。

 さて「悩めるヒーロー」スパイダーマンこと小森ユウは,この巻以後,ますます悩みを深めていきます。それは自分の「無力さ」への自覚ゆえです。超人的な力を持ちながらも,それだけでは「解決」にも「救済」にもなりえない事件に彼は直面します。
 たとえば「おれの行く先はどこだ!」(3巻)で,ユウは,夜の街に生きるアウトロウ犬丸と出会います。そこで犬丸と暴力団との抗争に巻き込まれたユウは,殺されそうになった犬丸を,スパイダー能力で救い出しますが,最終的には,人を殺し,警察から逃げようとして,死んでいく犬丸を救うことはできません。「欲望を満たせねえ人生なんか死んだも同じよ!」と叫ぶ犬丸に,ユウは一言も言い返せません。
 また「狂魔(くるま)」において,ユウのガールフレンドルミは,ハイウェイを狂走する謎のドライバーによって殺されます。復讐を誓うユウは,そのドライバーを探し出し,バトルを挑みますが,そこで彼が見いだしたのは,「走る」ことに取り憑かれ,自分自身を留めることができなくなった哀しいスタントマンの姿です。そしてそのドライバーは,スパイダーマンにではなく,警察隊の狙撃によって命を落とします。このエピソードのラストで,降っていないはずの「雪」の中にたたずむスパイダーマンが描かれています。そのシーンは,ガールフレンドの復讐も果たせず,かといって,彼女を殺したレーサーの命も救うことのできなかった彼の孤独を表わしているのでしょう。

 この「ヒーローの無力さ」がもっとも端的に浮き彫りにされているのが,第5巻に収録されている2編−「金色の目の魔女」「虎を飼う女」−でしょう。「金色の…」で登場するのは,いわゆる「邪眼」を持つ女−三輪真名児です。彼女に見つめられる者は,みずからを失い,欲望と暴力の渦に巻き込まれていきます。真名児を教師として迎えたユウの高校は荒廃していきます。その原因が彼女の「力」にあることを知ったユウは,真名児を殺そうとしますが,彼は意外な真相を知ります。つまり,彼女の「力」は,彼女自身ではどうにもならない,という事実です。彼女の「金色の瞳」が邪悪なのではなく,その「瞳」によって写し出され,増幅される人間の心こそが邪悪なのだ,と。暴動の中,銃殺される彼女を,ただ見ることしかできない彼は思います。「三輪先生,ぼくは先生をたすけられない。いやこの世のだれだってあなたをたすけることはできないんだ」と。
 また「虎を…」においても,「自覚なき邪悪さ」にユウは直面します。周囲の欲望によって,深く傷つけられボロボロになった無名歌手尾関ミキは,みずからを傷つけた人々に「復讐」します。しかしその「虎」の形をした「復讐」は,彼女自身が知ることのない,彼女の無意識から産み出されたものです。ユウは,その真相を知ったとき,暴力団に殺されそうになるミキを助けようとはしますが,「虎」の猛威を止めようとはしません。むしろ「ミキの無意識=虎」を支持します。殺戮を繰り広げる「虎」への支持,それは「正義の味方」が,強者によって弱者が踏みにじられる世の中で,あまりに無力であることを示しているのでしょう。

 けれども,いくらスパイダーマンが「無力」とはいえ,超人的な力を持つことは否定しようがありません。その「力」が肥大化したときのグロテスクさと対峙しなければならなくなるのが,「スパイダーマンの影」(第4巻)です。偶然,輸血して助けた少年北野光男は,ユウと同じ超能力を身につけてしまいます。その力を使って悪行を繰り返す光男に,ユウは戦いを挑みます。
 「虎」の中にみずからの凶暴さを見いだし,犬丸の言葉に反論することのできないユウにとって,両者を兼ね備え,さらにスパイダーマンの超能力を持ってしまった光男の姿に,「なっていたかもしれない自分」を見ていたのかもしれません。そしてそれは,「無力な正義」の自覚が深ければ深いほど,容易に転落しえる,同時にきわめて魅力的な存在でもあるのでしょう。
 スパイダーマン…それは「超人的な力」と「無力」との間を,あるいはまた「正義」と「邪悪」との間を繋ぐ,じつにあやうく,じつに細い「蜘蛛の糸」の上を歩かねばならない「ヒーロー」なのでしょう。

 ところで,インタビューによれば,この作品のつぎが「I・飢男」とのこと。「スパイダーマン」は「すごく古い作品」というイメージがありましたが,じつはそうでもなかったんだ,と思ってしまうのは,わたしがいい歳だからなのでしょう(笑)

02/07/17

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