吾妻ひでお『失踪日記』イースト・プレス 2005年

 2回の失踪,その後のアルコール中毒による入院……巨匠アジマが,その全貌を赤裸々に(一部に「このへん笑えないので略」というところもありますが)描いた「実録マンガ」です。
 なお巻末にとり・みきと作者の対談が収録されています。それからもうひとつ「おまけ」が付いています。

 まず「夜を歩く」は,1989年11月からの「第1期失踪編」。団地のそばの雑木林で寝起きし,夜になって人通りがなくなると残飯・シケモクをあさるという,完璧なホームレス生活です。で,その生活,実際には,季節が冬だけに,いつ凍死してもおかしくないのですが,この作者のコミカルな絵柄で描かれると,なぜか『不条理日記』を読んでいるような,そんなヘンな気分になります。リアルであるのに,リアルでないような…いや,リアルでないように描きながら,そのじつリアルがしっかり伝わってくるような…そのへん,おそらく,メタフィクション的なギャグ作品を数多く描いてきたこの作者だからこそ描ける(この作者でなければ描けない)作品と言えるかもしれません。
 この失踪の最後は,警官に不審者として警察に連れて行かれ,捜索願が出ていることから,奥さんが引き取りに来て落着。その際に,刑事のひとりが「あづま先生! 先生ほどの人がなぜこんな……」と絶句するところが笑えます(おまけに色紙にサインしてもらってるし(笑))。

 ついで「街を歩く」は,1992年4月からの「第2期失踪編」ですが,大きく3部構成になっています。第1部(勝手にそう呼んでいるだけですが^^;;)は,第1期と同じホームレス生活。しかし2回目ということもあるのでしょうか,それとも季節が春〜夏ということもあるのでしょうか,どこか「ゆとり」があります。拾ってきた生タマゴがあまったので,「巣」を作って公園に置いておいたり(周囲の反応がおもしろい),図書館で「借りた」本を,日がな一日よんでいたり,といった生活が描かれています(つい「ちょっと,いいかも?」などと思っちゃったりします(^^ゞ)。
 第2部は「配管工編」。あやしげなおっさんに斡旋されてガスの配管工となったアジマ氏。最初は,単なるガテンだったのですが,途中から「配管工事士」の資格まで取っちゃいます。ここでおもしろいのが,その間に知り合ったさまざまな人々でしょうね。心底性格が悪そうな柳井,初対面の作者に5万円を支度金として払う大物社長北杜夫の好きな岩田さん,“共産主義者”の税理士植下さん,それと小悪党上森兄弟などなど。おそらく作者がマンガ家のままだったら(?)知り合えそうにないキャラばっかりだったのでしょう,それぞれの性格を上手に(きっと楽しみながら)描き出しています。それと日本ガスの社内報にマンガを投稿してしまうところは笑っちゃいました。
 そして第3部は,一転して,なぜか,第1期失踪までの「自伝編」です。自作に対するいろいろな想いが描いてあって,ファンとしておもしろく読めます。ヒット作『ふたりと5人』が,作者としては不本意だったというのは,ちょっと驚きです(秋○書店には愛憎こもごもあるようです)。でも,『やけくそ天使』『不条理日記』あたりから,本領発揮と言うところは,やはり読んでいてホッとしますね(まぁ,このあと失踪するわけだから,本人はたいへんだったのでしょうが)。

 最後の「アル中病棟」は,1998年に入った精神病院での「闘病記」です。一番,迫力があるのが,その入院前のアル中とその禁断症状でしょう。酒が切れると起こる幻覚症状。いない人間を「怖い」と感じたり,道路脇を歩いていると,冷や汗を流しながら,「死のう」と思い,「死にたくない,死にたくない」と思う。家で仕事をしていると,隣家から,監禁された少女が助けを求める声が聞こえる(もちろん幻聴)……この作者の絵柄でさえ,「ぞわぞわ」として不気味さが伝わってくるのですから,本人にとっては,さぞやすさまじい体験だったやに想像されます。
 後半は,奥さんと息子さんに拉致されて入院した「病棟編」。第2部「配管工編」に近い「交友録」といった感じですが,場所が場所だけに,「交友相手」はなかなかの強者ぞろいです。皆さん,病気なんだから,笑っちゃいけないのでしょうが,やはり,自分自身さえも突き放してギャグにしてしまう作家さんの手にかかると,どうしても笑いがでちゃいます。

 この作家さんのファンとしては,正直な話「死ななくてよかったぁ〜」と,しみじみ想う作品です。でも赤○不○夫もアル中だったという噂を聞いたことがありますが,ギャグマンガ家のプレッシャー,ストレスは,生半可なものではないのでしょうね。

05/04/03

go back to "Comic's Room"