永久保貴一『新 カルラ舞う!』4〜6巻 秋田書店 2000年

 奈良で,邪術を用いたと思われる連続殺人事件が発生した。玄妙教の若き教主・瑠璃丸の依頼を受けて,ふたたび奈良の地を踏むことになった扇舞子・翔子姉妹。だが強力な幻術を操る輝斗羅・月華叉を相手にして苦戦するふたり。しかし,事件の真の首謀者は玄妙教内部にいたのだった!

 本格的な連載再開第1作「奈良の太陽神編」が,ようやく完結しました。最後には,三輪山の大物主は出てくるわ,天照大神は出てくるわ,と,神話上の「大物」が甦って戦うという,ほとんど「怪獣大決戦」のような展開になりました(笑)(「もう少しでとんでもないことになっていた」という剣持あるいは近江のセリフに,瑠璃丸「十分とんでもないことになってたと思う」と心の内でつぶやきますが,瑠璃丸に,思わず同意してしまいました^^;;)。

 さて,以下「屁理屈」をこねます(<あ,いつものことか^^;;)

 このエピソードで描かれた事件の首謀者天道は,子どもの頃,両親を惨殺され,現在の世に深く絶望します。そして「正しい世界」を現出させるために,三輪山に祀られた「蛇神」を排除して,本来そこに祀られていた「日の神」を復活させようとします。つまり彼は,「正しさ」を「過去」あるいは彼が考えるところの「本来の姿」に求めたわけです。
 しかし,彼の考えは間違っています。古いものがつねに「正しい」とは限りませんし,逆に新しいものがつねに「悪い」とは限りません(ちなみに,その逆も同様です。「新しい」がつねに「正しい」とも限りません)。両者は単に時間的な前後関係に過ぎません。また彼が求めた「本来の姿」というのも曲者です。「本来」探しは,いつでも物事の由来を過去へ過去へと遡らせますが,それはちょうど「ラッキョウの皮むき」のようなもので,Aの前にBが,Bの前にはCが,Cの前には・・・と,結局,すべては茫漠たる時間の果てに辿り着かざるを得ません。天道が行おうとしたのは,そんな無限遡及の途中に任意に「線」(「ここまでが正しく,ここからが正しくない」という線)を引く作業でしかありません。要するに,彼は,「蛇=悪」,「日=善」というイメージを投影しているに過ぎないと言えましょう。
 また,復活した大物主は,天照大神を前にして,「日の神にはかなわぬ」と,さっさと鎮まってしまいます。そこに「正」と「悪」という関係ではなく,両者が単なる「力関係」でしかないことを表しています。そこに「正」「悪」を求めるのは,天道の「思いこみ」でしかないことを表していると言えましょう。
 このことは逆に言えば,扇舞子・翔子剣持近江らの側に「正義」があるというわけでもないことを意味します。彼らが天道の野望を阻止しようとするのは,(もちろん天道らのやり口−人を操り殺める−に対する怒りはあるにしろ)あくまで現在の「バランス」を保つためです。天道に対抗して,蛇神を「正」とするわけではありません。すでに三輪山に蛇神が祀られて千数百年,それなりにバランスを保っているものを破壊するのは,百害あって一利なし,という判断に基づいています。だからこそ,翔子の最後のセリフ「でも目の前で舞ちゃんが殺されて,顔にやけどを負わされたら,あたしはどうするだろう」という疑問の形をとった天道への理解へと繋がっていきます。

 そんな風に考えると,天道の野望が,扇姉妹たちの力というより,天道の腹心の部下蜘蛛女の裏切り(狂乱?)によって崩壊したことは象徴的です。蜘蛛女が,天道に忠実に仕えていたのは,彼が「正しい」からではなく,「美しい」からです。あるいは,彼女の中では「正=美」「悪=醜」という図式があり,「美」を体現した天道だからこそ,彼女にとって,それは「正」だったのかもしれません。
 しかしラストにいたって,美しいはずの天道が,じつは火傷で醜い傷を負っていることが明らかにされます。蜘蛛女は「あたしをだましたな。きれいな天道様にお仕えすることが生きがいだったのに」と泣き叫びながら,鎌の刃を天道の首筋に突き立てます。つまり,このことは,「正vs悪」を主軸とする価値観(たとえそれが上に書いたように天道の思いこみに過ぎなくとも)が,「美vs醜」という価値観によって否定されたことを意味しているのではないでしょうか。このふたつの価値観は,重なるときもあれば,重ならないときもあります。両者が重なっていると信じていた蜘蛛女は,両者が必ずしも重ならないと気づいたとき,「だましたな」と叫び,天道を裏切ったのでしょう(もっとも彼女にとって,裏切ったのは天道の方なのかもしれませんが)。
 たしかに天道の「正vs悪」という基準は間違っていました。しかし同様に,扇姉妹たちを単純に「正義」とすることもできません。それゆえ,彼女たちが「別の正義」として天道を滅ぼすことは,天道の「正vs悪」の間違った基準にからめ取られ,説得力を失いかねません。ですから,唯一,天道を滅ぼしえたのは,「正vs悪」という基準からは離れた,「美vs醜」という基準に殉じた蜘蛛女だけだったのかもしれません。

00/12/26

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