高橋留美子『専務の犬』小学館 1999年

 1年に1回,『ビッグコミック オリジナル』に,「高橋留美子劇場」と題されて掲載される短編6編を集めた作品集です。前作『Pの悲劇』以来,じつに5年ぶりです(でも,カヴァ絵の体裁は同じだったりします(笑))。少年誌掲載作品とはひと味違う「ルーミック・ワールド」が楽しめます。

「専務の犬」
 「親友」にして上司の祭田専務から,愛人の飼い犬の世話を頼まれた木暮家に,その愛人までも押し掛けてきて…
 小心者で不器用な中年男性―いわば普通の「日本のおとーさん」が,この作品集ではしばしば出てきますが,この作品も,強引な上司から大型犬と愛人を押しつけられた,そんなおとーさんをめぐるコメディです。途中のスラプスティクがラストで巧く生かされているところが楽しめます。
「迷走家族F(ファイヤー)」
 家計は火の車のはずなのに,両親が妙に明るく優しい。今度の家族旅行は一家心中が目的なのでは?
 けっこう悲惨なネタを,少女の目を通すことでコミカルに描いています。やっぱり,死を前にして考えるのは,自分が残した「恥ずかしい日記」なんでしょうね(笑)。「だまされるものか」という,おとうーさんの一言で暗転するシーン,やはりこの作者のメリハリの付け方の巧さには感心してしまいます。ところで,この妙に醒めた弟,将来,大物になるかも?
「君がいるだけで」
 会社でできる男といわれた堂本氏。会社が倒産したのち,病気の妻に代わって弁当屋でアルバイトを始めるが…
 この主人公を笑うことはたやすいですが,彼もまた,不器用さにかけては,やはり「日本のおとーさん」なのでしょうね。ラストの「なんだ おまえか」には,クスリとさせられます。
「茶の間ラヴソング」
 妻が急死した。ところが彼女の幽霊は,デンと茶の間に居座り…
 この作者が描く,登場人物の「舞い上がる」シーンは,じつに楽しいものがありますね(「我が青春に悔いなし!」『うる星やつら』の名シーンのひとつですし(笑))。可愛いOLから好意を寄せられたと勘違いしたおとーさんが,空飛ぶ絨毯に乗るところは大笑いしてしまいました。最後の「私は少し泣いた」の「少し」というところがしみじみとさせられます。
「おやじローティーン」
 単身赴任が決まったおとうさんは,怪我を負って記憶を失ってしまい,13歳になってしまった…
 以前,どこぞの裁判所が,「単身赴任は業務命令として適当である」とかいう判決を下したように思います。要するに,「企業の論理」が「家庭の論理」に優先することは,お墨付きをもらったわけです。そんなもんで支えられている「経済発展」なんて,底の浅いもののように思えますね。
「お礼にかえて」
 引っ越したマンションには,女王様がいた。おまけに仲の悪い魔女も…
 舞台はマンションですが,いわゆる「団地もの」とでも言いましょうか。マンション住まいの女性の友人(既婚)から,これほど極端ではないにしろ,似たような話を聞いたことがあります。こういうお母さんが,PTAの会議かなんかで「いじめはいけません!」などと言っているのかもしれませんね。やれやれ・・・「女王は亡命していった」といったセリフがさらりと出るところが,この作者のセンスの良さでしょう。

98/06/08

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