諸星大二郎『栞と紙魚子 殺戮詩集』朝日ソノラマ 2000年

 奇怪な住人が住む奇妙な町胃の頭町を舞台にして,女子高生コンビ紙魚子が遭遇する事件(?)を描いたオカルト・コメディ・シリーズの第3集です。今回も,へんにとぼけたユーモアが楽しい1冊になっています。

 まず「魔書アッカバッカ」では,紙魚子の古本屋“胡乱堂”に持ち込まれた奇妙な本をめぐるエピソード。「アッカバッカ」を探し求める魔道士と段先生の奥さんとの会話が笑えます。でも奥さんって,けっこう由緒正しい血筋の方なんですね(笑)。
 つづく「頸山の怪病院」は,盲腸で入院した紙魚子を見舞った栞が巻き込まれる,オーソドックスな「病院怪談」です。でも台車を押した栞が,兵隊の幽霊(?)を,さながらボーリングのピンのごとく蹴散らして行くところは,ブラックでいいですね。
 表題作「殺戮詩集」では,胃の頭町にまたまた奇妙な新キャラが登場します。自分の体験を情感たっぷりに(笑)詩に綴る詩人菱田きとらです。この女性,じつは段先生のファンというか,ストーカというか,例によって思いっきり危ないです。少々(?)「鈍」な先生ときとらとのやりとりがいい味だしていて,たまりません。それにしても,本を得るために,段先生を「売る」紙魚子の性格もけっこう怖いですね。ちなみに,「きとらのストーカー日記」では,彼女の生態(笑)が明らかになります。ところで,このきとら嬢,『座敷女』(望月峯太郎)に出てくる女性ストーカに,どこか似てませんかね?
 「ペットの散歩」「ゼノ奥さん」でも,新顔が出てきます。一見,おしとやかで上品な「奥様」なのですが,住んでいる家もヘンだし,飼っているペットはもっとヘンというゼノ奥さんです。「見えないペットの散歩」という奇想が楽しめます。

 さて本巻登場の最大の新キャラといえば,「長い廊下」「頸山城妖姫録」に出てくる長姫であります。かつて胃の頭町一帯を支配していた顎(あぎと)一族の姫君なのですが,幽霊になっても大活躍(?)します。
 「長い廊下」は,栞と紙魚子が訪れた長頸寺,いたずら心から,「立入禁止」の札のかかった廊下に足を踏み入れた栞は,奇怪な僧侶に追いかけられ・・・というお話。和尚さんが紙魚子に語る怪談も,なかなかゾクゾクするものがありますが,ラストで明かされるその“真相”も,長姫の不気味な性格を表していていいですね。本巻で一番楽しめました。でも,「この馬鹿! こんな女に四百年もたぶらかされてるんじゃないわよ!」と幽霊に平手打ちをくらわせる紙魚子さんも,すごいですね(笑)。
 そして「頸山城妖姫録」では,その長姫の奇怪な過去が明らかにされます。首山にある庭園「刹笑園」に訪れた栞と紙魚子,彼女たちはそこでふたたび長姫に出会います。その後,栞の様子がおかしくなり・・・というエピソード。思わず「これが,栞&紙魚子シリーズか!?」と唸ってしまうほどの,本格的なオカルト伝奇です。段先生が,「刹笑園」に秘められた「仕掛け」を解説する役回りなのですが,その姿はほとんど稗田礼二郎!(紙魚子のセリフ「先生,顔が違ってます」に爆笑してしまいました)。「刹笑園」の地下にそれとそっくりの「人工地獄」があるというのは,『西遊妖猿伝』に出てきた,長安城地下の「森羅殿」に発想が似てますね。
 どうやら,この姫君,生前(?)も普通の人間ではなかった様子,これからもときおり顔を出すのではないかと思います。

00/02/04

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