諸星大二郎『西遊妖猿伝』16巻 潮出版社

 ついに唐の国境・玉門関を越えた玄奘。茫漠たる莫賀延磧を前に,ひとり佇む彼の目は,はるか天竺に向けられる。一方,玄奘の後を追って悟空もまた玉門関を越えるが,その前に羅刹女が立ちふさがる。悟空は玄奘に追いつけることができるのか・・・

 『スーパー・アクション』から『コミックトム』に引き継がれた本作品も,「河西回廊編」完結で一段落のようです。う〜む・・・てっきり「西域編」まで連載が続いているのかと思っていたので,なんとも残念です。まぁ,この作者の場合,シリーズものでも,忘れた頃にひょっこり再開されるとことがたびたびありますので,気長に待つことにいたしましょう。

 さて,14巻で紅孩児,15巻で黄袍と,物語初頭から悟空に関係してきたキャラクタが,つぎつぎと舞台からその姿を消していきましたが,この巻では,斉天大聖の命を受け,影に陽に悟空についてきた通臂公の天数が尽きます。彼の最後の舞台は敦煌莫高窟,相手は因縁の天敵恵岸です。
 この作品には,怪人・魔人・妖人・奇人,さまざまなキャラクタが出てきて,それぞれに魅力がありますが,個人的にはやはりこの通臂公が一番いいですね。化け物ですので,人倫の道からすればはずれた残忍さ,冷酷さを持っていながらも,どこか憎みきれない愛嬌もあります(とくに,「盤糸編」(双葉社版6巻)で見せた,蝗婆婆たちとの掛け合いは楽しかったですね)。また彼の大聖に対する忠誠は,どこか敬慕にも似たところがあって,なんともせつないものがありますね。
「人の世界では獣以下にしなれないのなら,世を震撼させる妖魔になってやろう。そう思って悪いことはあるまい・・・」
 死の間際,彼が語るセリフには,この作品にこれまで登場し,そして消えていった個性的なキャラクタ群像に通じるものがあるように思います。

 その,通臂公と恵岸との最後の対決の最中,不可思議な出来事が起きます。莫高窟の如来像の顔面を割ると,その後ろから斉天大聖の顔が,そしてその奥にはふたたび如来が,さらにその奥にも大聖が・・・と,如来と大聖の顔がエンドレスに現れてきます。恵岸はつぶやきます。「魔の中の仏,仏の中の魔」。対照的な存在とされていた「仏」と「大聖」,かたや世に平安をもたらし,かたや世に災厄をもたらす存在であるはずの両者は,もしかすると同じもののふたつの「顔」なのかもしれないことを暗示するエピソードです。
 そしてそれは悟空という奇怪な運命を背負った少年にも相通ずるものと言えましょう。また,かつて『暗黒神話』の主人公―弥勒にもなりえるし,ヤマタノオロチにもなりえる運命を担った少年や,『孔子暗黒伝』での,赤(せき)アスラが合体したハリ・ハラの姿とも響き合うものがあるように思います。
 「聖魔同根」――それこそが,諸星マンガに伏流として綿々と流れつづけるモチーフのひとつなのかもしれません。

 広大な砂漠へ第一歩を印した玄奘,羅刹女を振り切って玄奘を追う悟空と八戒(沙悟浄はこれから出てくるようですね)。はたして彼らにはどんな運命が待ち受けているのでしょうか?(羅刹女が悟空に言ったセリフ「お前みたいなやつは,あたしは二人目だ」が気になりますね)
 必ずや再開されることを信じて,ひとまずは,彼らに別れを告げましょう。

00/04/22

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