諸星大二郎『西遊妖猿伝』15巻 潮出版社 2000年

 黄袍の罠にはまって岩窟院に閉じこめられた悟空と玄奘。あちこちに仕掛けられた暗器がつぎつぎに彼らに襲いかかる。しかし院内に残った怨みの念が,闘いを意外な方向へと導いていく。そして,悟空と黄袍,永年に渡るふたりの抗争についに決着が・・・

 本巻の前半は,岩窟院内での闘いにページがさかれています。悟空黄袍との闘いを軸にしながら,そこにさまざまな別の要素が絡むことで,緊迫感あるバトル・シーンが展開されます。
 黄袍は,前巻で死を迎えた紅孩児とともに,この物語の初期から悟空につきまとってきたキャラクタです。紅孩児がストレートな武闘派であるのに対し,黄袍は,間者というか,刺客というか,とにかく策略,罠,暗器を武器とした策士派です。ですから,闘いの舞台,岩窟院内には,数々の罠が仕掛けられているのですが,悟空が,その人並みはずれたパワーで対抗していくところは小気味よいですね(そのパワーゆえに仕掛けが予想せぬ形で発動して,慌てる黄袍の姿が笑みを誘います)。
 作者は,そのふたりの抗争に,さらに岩窟院内に残る僧侶楽慧の幽霊や,危険な美少女一升金,巫蠱使いの丘秀才,ちょっとおまぬけですが,力だけはとんでもない石方相を絡めることで,闘いを錯綜させ,混乱させながら,手に汗握るバトルを描き出しています。この作者は,おどろおどろした異形をじっとり書く作家さんのイメージが強いですが,こういった格闘シーンの迫力も棄てがたい魅力となっています。

 そして後半,悟空と黄袍との抗争に決着がつきます。百花羞を人質に,悟空を荒野に呼び出した黄袍。しかし彼は,百花羞の忠実な下僕・石方相によって殺されてしまいます。敵を倒すために手段を選ばず,周囲の人々をさんざん利用しまくった黄袍が,その利用したつもりの人物(石)によって殺されてしまうというのは,じつに彼らしい最後と言えましょう。ここらへん,紅孩児の最後とコントラストをなしているところはうまい描き方ですね。
 そして黄袍を殺した石方相,後半で大活躍です。どちらかというと狂言回し的なキャラクタであった彼ですが,愛する百花羞を救うために,その身を投げ出します。百花羞は,黄袍との関係で,これまで悟空たちに絡んできたキャラクタですから,黄袍との死とともに舞台から去っていくというのは必然とは言え,このような幕引きは,ホッとさせますね。

 紅孩児,黄袍と,この物語のメイン・キャラクタがつぎつぎと姿を消していった「河西回廊編」は,次巻で完結とのこと。ただしその前に羅刹女との闘いが待っているようです。「大唐編」で生まれた因果,しがらみを,この「河西回廊編」で断ち切り,悟空と玄奘は,いよいよ西域へと足を踏み入れるわけです。紅孩児と黄袍の死は,その新たな旅立ちを象徴しているのかもしれません。

00/03/11

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