山岸凉子『瑠璃の爪』角川書店 1987年

 6編をおさめた短編集です。

「瑠璃の爪」
 姉・上杉敦子31歳,妹・絹子28歳。はた目には妹思いのしっかりものの姉が,妹に刺し殺された。いったいふたりの間になにが…
 不可解な殺人事件をめぐって,周囲の人々の証言で,姉妹の確執を浮き彫りにしていくという形の作品です。こういった体裁の作品は小説,コミックに限らず,けっこう好きです。他者との関係性(=証言)という形で,ひとりの人物の欲望や哀しみ,愛憎や苦しみを浮かび上がらせる,という手法は,関係性の網目の中にいる(いざるをえない)人間のあり方を描くのに,一番馴染んだ方法なのかも知れません。それにしても,この作者,姉妹の間の確執を描くのが好きですね。楳図かずおも,好んで姉妹ネタを描いていたのを思い出しました。
「鳥向楽(ちょうごうらく)」
 ストーリーが説明できない,なんだか仏像の解説マンガ(笑)のような作品です。作者の細く硬質な線が,仏像を描くのには,よくマッチしていて,仏像には普段感じないエロチシズムのようなものを感じます。でも内容は,なんだかよくわかりません。仏教版「個体発生は系統発生を繰り返す」というお話でしょうか?
「海底(おぞこ)より」
 アイドルの翼マミ,失明した彼女は,実の母親にさえ捨てられ,親戚をたらい回しにされる。そして山口の登(みのる)の家にあずけられ…
 「盲目」も,この作者がしばしば描くモチーフですね。光を失い,人生に絶望したマミの周囲には,壇ノ浦に沈んだ平家の亡霊たちが近寄ってきます。見えないことによって見えることもある。ただそれは見たくないものかも知れません。あるいは,死を思うものの回りには死そのものが近寄ってくるのかも知れません。一度,バスから壇ノ浦を見たことがありますが,ひどくおだやかな海だったように思います。
「ある夜に」
 夜の街を裸足で歩く女性たち。あるものは花畑の上を,あるものは石の上を…
 奇妙な雰囲気をもった作品です。おそらく死の直前,あるいは仏教でいうところの「中有」の状態を描いていると思います。「あなたって本当は欲ばりなのね」のラストの一言が,なんとももの哀しいです。
「木花佐久夜毘売(このはなさくやひめ)」
 「わたしの名前は姉がつけました。典子……と」優秀な姉と“不良”の妹。ある夜,盛り場でひとりの男性と出会い…
 この作品も姉妹ネタですが,「瑠璃の爪」と異なり,結末はハッピーエンドです(なのかな?)。妹は,理解者が出現したこときっかけとして,自分の生を,姉(それは幻影としての“姉”なのかもしれません)から解放された自分の生を歩むことを決意することで,物語はエンディングを迎えます。「瑠璃の爪」の妹が,姉から逃れることを望みながら,姉(そして母)を殺すことによってしか,解放されなかったとのとは対照的です。まるで,「あなただったら,どちらを選ぶ?」と,問われているような気もします。
「あらら・内輪話」
 タイトル通り,エッセイコミックです。ま,こんなもんでしょう,というところでしょうか。「万札の王子でマンガ家生命をつないでいる作者」(本人談)には,笑いました。

97/09/03

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