花村萬月・市東亮子『道玄坂探偵事務所 竜胆』秋田漫画文庫 1999年

 渋谷道玄坂,雑居ビルの一室。そこには,本名,年齢,性別,その他いっさい素性不明の探偵が事務所をかまえている。その探偵は“竜胆”と呼ばれていた・・・

 マンガの原作というと,ふつう2種類に分けられると思います。ひとつは,小説や映画,あるいはゲームという形で発表された作品をマンガ化したもの。もうひとつは,マンガのために書かれたオリジナルの「原作」,テレビや映画でいえば「脚本」に近いものです。
 本作品の場合はどちらなんでしょう? 原作者花村萬月といえば,いまや芥川賞受賞作家ということで有名ですので,オリジナルの小説があるようにも思えなくもないのですが,内容を見ると,(ちょっと誤解を招く表現ですが)「マンガ的」な雰囲気が強いので,後者の「マンガ原作」というような印象も受けます。ご存じの方,ご教示いただければ幸いです(_○_)。
 一方の作画者市東亮子は,少年マンガではいまや絶滅に近い「学園番長もの」を少女マンガという舞台で復活させた『やじきた学園道中記』の作者であり,そのシャープな絵柄と,迫力あるアクション・シーンで定評ある作家さんであります。この作品でも,竜胆の大立ち回りシーンは躍動感にあふれています。
 どちらも,わたしにはあまり馴染みのない作家さんではありますが(市東作品は『やじきた』1巻だけ,花村作品にいたってはまったくの未読です),やはり「異色」と呼べるカップリングなのでしょうね。

 さて本編は,冒頭にも書きましたように,年齢・性別・素性いっさい不明,それでいて美形で,拳法の達人の探偵竜胆を主人公としたハードボイルド連作です。なんともミステリアスな主人公でありますが,とくに「性別不明」という点が,周囲の人間をやきもきさせ,ときに事件の展開に重要なキィとなったりします。わたしの感触としては,女性ではないかと思います(「男装の麗人」というパターンですね)。というのも,「第1話 愛人」のラスト,ホモのヤクザと板前(笑)が抱き合うシーンを見て,「まいったなぁ・・・」とつぶやきながら,頬を染めるところは,女性的な反応のように思えるからです。
 それはともかく,本書には計7話6エピソードが収録されています。ホモのヤクザから愛人を捜すよう依頼される「第1話 愛人」,女装(?)した竜胆が結婚詐欺師をやりこめる「第2話 甘い言葉」,ホームレスになったエリート会社員を捜し出す「第3話 蒸発」,出所した元ヤクザに代わって,彼の行方不明の妻を捜す「第4話 故郷」,竜胆の助手松方の過去に絡む事件を描いた「第5話 使い走り」。そしてラストは前後編,父親を捜す子どもをめぐって竜胆と松方が事件に巻き込まれる「第6・7話 マリンブルース」です。
 個人的には,ややミステリ色のある「使い走り」,ネタはありがちながら,蒸発したサラリーマンの妻の心の揺れ動きがさりげなく描かれる「蒸発」などが楽しめました。「故郷」もよかったのですが,ヴォリュームがちと物足りない感じです。後半もう少し描き込んでほしかったです。

 ところで,主人公以外のキャラクタ(とくに男性キャラクタ)の顔立ちは,たなか亜希夫『ボーダー』の作画者)に,雰囲気が似ているように思うのですが・・・

99/09/25

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