JET『螺旋のアルルカン』2巻 朝日ソノラマ 2001年

 歪んだ未来社会を是正するため,過去へ向かう“R”。その目的は歪みの発端となった“ケイ”を「生まれた来なかった」にすることだった。しかし未来社会から送り込まれた刺客“キャンサー”がRに迫る。またケイ“殺害”に疑問を抱くR。そしてふたりは,18世紀の日本で,ケイに絡むひとつの人形に巡り会う・・・

 本巻に収められた4つのエピソードのうち,前三編−「AD1780-1790年 四国」「AD1772年 江戸近郊」「AD1779年 江戸」−は,ひとつの「からくり人形」をめぐって,相互に連関しています。最初のエピソードで,「からくり人形」をめぐる怪異が描かれ,後2編は,いわばその「謎解き」−なぜ「怪異」が発生したか−という体裁になっています。こういった,ひとつの事柄や「モノ」をめぐって,複数の視点から描かれた作品は,個人的にけっこう好みです。

 さてこの3編には,ふたつのモチーフが重なり合わさっています。ひとつは「母と子」です。物語の中心となっている「からくり人形」は,死んだ子どもを「養う」ために「鬼」と化した母親の暗くせつない想いが込められています。第1編で,その想いは,ひとりの少女を危機に陥れます。またその「想い」とオーヴァ・ラップするように,母親の息子に対する屈折した想いが,第3編で描かれます。さらに,さまざまな「母と子」との関係は,“R”と,彼のもともとの「生みの親」とも言えるケイ(=Dr.カミラ)」との関係にも重なり合っていますし,「母殺し」とも言える目的のために,過去へと旅するRの気持ちとも,複雑微妙に響きあいます。
 そしてもうひとつのモチーフは「人形」です。物語の中心である「からくり人形」−人の想いが籠められ怪異を呼び起こす人形とは,まさに,Dr.カミラの想いを託されたRの姿と合致します。このからくり人形の存在は,Rという「未来社会」が生み出した高度な機械もまた,人間にとっての「人形」であることを示唆するとともに,「人間と人形」との関係が,「未来社会」であっても「過去」であっても(さらに言えば「現在」においても)均一なことを意味しているように思えます。「人」の「形」に似せて作られた「人形」−そこには,「人」の「想い」と似たものが宿るのもまた致し方ないことなのかもしれません。
 「母と子」「人と人形」・・・このふたつのモチーフが重層的に重なり合うことで,主人公“R”の不安定で,揺れ動く「心」の動きを浮き彫りにしているエピソードと言えましょう。

 ラスト1編はふたたび「未来社会」です。“R”の記憶を取り戻したマリアは,「聖母(マザー)マリア」の正体を探るべく,果敢に学校の聖堂へと忍び込むが・・・というお話。一応「前編・後編」ということで,このエピソード自体は完結しているようなのですが,なにやら奇怪な新キャラが登場し,また「聖母マリア」が学校から失踪(?),その新キャラの前に現れるという,思いっきり「引き」を残した終わり方です。またRの方も,10世紀の日本にいるらしいのですが,そこには存在するはずのない機械の固まりと遭遇,しかしその正体はいまだ不明です。ですから,今のところどのように解していいのか,ちょっと保留しておきましょう。
 しかしそれにしても気になるのは,今回初登場の虎を引き連れた新キャラ。ロボットなのか,人間なのか,なんともミステリアスなところがあります。で,ふと思いついたのですが,Rは,前巻で示されたように過去にしか飛ぶことができません。しかし本巻の2〜3番目のエピソードでは,時間移動したのちは,通常の時間経過の中で生活しています。つまりたとえどんなに過去にさかのぼっても,そのさかのぼった時点から,「未来社会」まで「生き延びる」ことは原理的には可能です。ならば,このエピソードで登場した新キャラ・・・もしかすると?????

01/07/19

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