幸村誠『プラネテス』1巻 講談社 2001年

 時は西暦2074年,ハチマキ,ユーリ,フィーの3人の仕事場は宇宙空間。地球の周囲に漂う“スペース・デブリ(宇宙ゴミ)”の回収が彼らの仕事。そして今日もまた,船齢30年のボロ宇宙船“DS−12号”を駆って彼らは翔ぶ。それぞれの過去と想いを胸に秘めて・・・

 掲示板にて,幽幻堂さんからのご紹介作品です。ありがとうございました(_○_)

 「日常SF」というジャンルのマンガがあります。「SF」が「日常」へと同一地平で入り込んだ不可思議な世界を描いた作品です。有名どころでは,『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)『うる星やつら』(高橋留美子)などが挙げられるでしょう。
 その一方,「SF」が「日常」になった作品世界があります。わたしたちがまだ経験したことのない(未来の?)「世界」の中で,登場キャラクタたちは,わたしたちと同じような悩みや希望,愛憎を抱えて生きています。本編は,まさにそれに該当する作品と言えましょう。

 主人公のハチマキ,ユーリ,フィーは,その仕事場こそ,宇宙空間での“デブリ”回収という「SF的お仕事」ではありますが,描かれるのは,その「SF的お仕事」が「日常」になった世界です。たとえば「PHASE1 屑星の空」では,かつて事故で妻を失ったユーリの心の内面と,彼が遭遇する「奇蹟」が描かれています。彼の哀しみと再生は,わたしたちと共有可能な「経験」です。作者は,そんな彼と彼の仲間の姿を,抑制の効いた淡々としたタッチで描いていきます。
 また「PHASE4 ロケットのある風景」で描かれているのは,少年の夢,夢を実現しようとする熱意,なかなか実現できない自分への苛立ちです。「好きでガキやってんじゃねーや」という,ハチマキの弟九太郎のセリフは(あるいはそれに似た想いは),誰もが一度は口にする言葉ではないでしょうか。同様のことは,「PHASE5 IGNITION−点火−」にも言えるでしょう。長時間,宇宙空間に漂ったハチマキは「空間喪失症」に陥ります。それを克服するため「感覚剥奪室」に入った彼は,そこで「彼自身」に出会います。ふたりの「ハチマキ」の間で取り交わされる会話と,それを乗り越えたハチマキの決意に共感を覚えるのは,やはりそれが「SF」ではないからでしょう。

 もちろん「SF」がもたらす特有の状況を描いたものもあります。「PHASE3 ささやかなる一服を星あかりのもとで」では,愛煙家のフィーの苦闘(笑)が描かれています。宇宙空間への進出が,喫煙家に,現在よりもはるかに大きなプレッシャを与えることは十二分に想像できることです。そこに「宇宙防衛軍」というテロリストとの対決(?)を織り交ぜることで,アクション風味たっぷりのコミカルなエピソードに仕上げています。「はっは――! ジャストミートっ」には笑っちゃいました。
 そして「PHASE2 地球外少女」では,宇宙という,日常になったとはいえ,いまだ人間にとって必ずしも慣れ親しんだものとはなっていない新世界に対する「戸惑い」を,ハチマキの前にふたりのコントラストをなすキャラクタを登場させることで描いています。宇宙飛行のパイオニアのひとりローランドは,宇宙に対するアンヴィバレンツな感情を抱きながら自殺します。一方,月面で生まれ月面で育った“月面人(ルナリアン)”であるノノは,ハチマキにとっては「砂漠」である月面を,「いいでしょ,私の海」と笑顔を浮かべて呼びます。
 「非日常」としての宇宙を駆けめぐった先駆者・ローランドの自殺,彼よりもはるかに宇宙が「日常」であるハチマキの戸惑い,そして宇宙空間以外に「日常」のないノノの笑顔・・・この3人のキャラクタの絶妙な配置によって,「新世界」へと踏み出した人類の「時代の一断面」を見事の切り取ってみせています。本集中,一番好きなエピソードです。

 ところで,この作者の描く「宇宙」は,奥行きがありますね。とくに表紙カヴァ。青い地球をバックに上昇しつつあるハチマキの姿には,どこか「ぞくり」とする美しさを感じます。地球の青と宇宙服の赤とのコントラストがじつにいいです。

01/05/14

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