樹なつみ『OZ〜オズ〜』1〜4巻 白泉社 1990〜92年

 西暦2021年,第三次世界大戦から31年後,いまだ荒廃と混乱の収まらない世界でささやかれる,ひとつの伝説があった。それは大戦前につくられ,大戦後も最先端の科学を有する都市“OZ”の伝説。舞台は,大戦後6つの国に分かれた旧アメリカ合衆国。生体工学の天才少女,フィリス・エプスタイン,傭兵の武藤佯,そしてフィリスを“OZ”へ導くために送られてきた機械人間(サイバノイド)“1019”の3人が,“OZ”を探しに旅立つところから,この壮大な物語は始まる・・・・。

 「樹なつみ」の名前は,ずいぶん前に『花とゆめ』(あるいは『LaLa』)に掲載されていた『マルチェロ物語』の作者として,知っていましたが,その後は,まったくと言っていいほど読んだことがありませんでした。
 先日,ある方から「『OZ』がおもしろい」というメールをいただき,「そういえば,近くの古本屋にあったな」と思いだしました。そこで,さっそく購入,読んでみました。いや,これは,おもしろい作品です。元ネタは,有名なファンタジィ『オズの魔法使い』なのでしょうが,しぶいSF作品となっています。紹介してくださった方,ありがとうございます(HDクラッシュ以前にいただいたメールなので,データが吹っ飛んでしまい,お名前を失念してしまいました。もしこれをお読みになられたら,ご一報いただけませんか?)

 さてストーリーは,フィリスとその姉ヴィアンカとの確執や,契約違反して脱走したを追う傭兵部隊や賞金稼ぎが入り乱れ,一行は,ときに別れ,ときに合流しながら,“OZ”へと向かいます。そして途中,しだいに明らかにされる“OZ”の正体と,“OZ”を支配し,サイバノイド,バイオノイドを次々と造り出す歪んだ天才・リオン(フィリスの兄)の野望。このあたりの展開は,けっして1本調子ではなく,なかなか波瀾万丈で,読んでいて飽きさせません。ただ「ちょっとご都合主義かな?」と思えるところもないわけではありませんが(笑)。またシャープな描線で描かれるアクションシーンも,前半はちょっとおぼつかないというか,不慣れな感じがありますが,後半はなかなか迫力があります。

 なんといっても,この物語にふくらみを持たせているのが,“1019”“1024”“1030”と名づけられたサイバノイド,バイオノイドの存在でしょう。彼らは,創造主リオンの命令に絶対服従である点,“機械”であるといえます。しかしその一方,限りなく人間に近い構造から,“1019”や“1024”のように,人間との交流によって“個性”とでもいうべき“疑似人格”を身につけていくものもあります。また“1019”には,もうひとつ,“パメラ”というプログラムがインプットされています。“パメラ”とは,冷酷なサディストであった,フィリスとリオンの母親の人格をモデル化したプログラムです。それゆえ,“1019”は,ときとして,人間でいえば“多重人格”のごとき行動をとり,“パメラ”のときは,悪鬼のような殺戮を繰り広げます。このような,サイバノイドやバイオノイドの,不安定で重層的な“性格設定”が,ストーリー展開をミステリアスなものにしています(目の前のサイバノイドは,“パメラ”か“1019”か? などなど)。
 またリオンは,みずから造り出した“機械”(“1030”)に,皮肉にも,まさに絶対服従の機械であるがゆえに殺され(このシーンはなかなかショッキングです),ネイト少尉は,“1024”への“愛(?)”ゆえに,“1024”とともに死んでいきます。ここらへん,サイバノイドの“性格設定”を効果的に用いて,劇的なクライマックスを演出しているように思います。
 そしてエンディング。崩壊した“OZ”の地下,コールドスリープ装置の中で生き延びた佯,彼をその装置に入れたのは“1019”以外には考えられないのですが,その装置にある場所を,放射能渦巻く外界から封鎖するためには,封鎖するものみずからが犠牲にならなければならない。しかし,自己保存をなにものより優先させるサイバノイドには,“自己犠牲”というプログラムは存在しないはず。作者は明確に提示しませんが,最後に,サイバノイド“1019”が,“自己犠牲”という人間性を獲得したことを暗示させます。そのことは,佯がコールドスリープ中に見た夢で表現されています。

「麦畑が広がっている・・・・。一面の金色の帯・・・・。19(ナインティーン)の・・・髪の色だ・・・」

 地球再生の象徴である「一面の麦畑」と,人間性を獲得したと暗示される「19の髪の色」をオーバーラップさせた,静かで,そしてもの哀しく,感動的なラストシーンで,この物語は幕を閉じます。“OZ”は,たしかに悪夢のような存在でありましたが,それは一方で,佯やフィリス,そして“1019”にとっては,やはり「魔法の国」だったのでしょう。

 それにしても,副主人公の「ネイト少尉」『ジョーカーシリーズ』(道原かつみ)の「バーリー」に似ている・・・・(^^;

97/09/14

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